天上の洞窟 -2-



ぐちゅ、ぐちゅ、と、後孔を掻き回す音がする。
すがるように、ライルの肩を両手で握りしめて、刹那は奥歯を噛みしめる。
刹那が手に力を込めているせいで、ライルのジャケットは皺だらけだ。シャワー直後に残っていた小さな水滴や水蒸気を吸って、彼のジャケットの緑は黒に近い色に変色してしまっている。
顎の下にあるライルの髪までが、しっとり濡れそぼっているのを感じる。
入浴用の洗浄クリームの匂いに混じって、ライルの髪の匂いが、刹那の鼻腔に届く。
覚えのあるその匂いは、水蒸気にさらされて湿り、刹那の喉までも濡らしてくる。
濡らされて、それだけで、目の前がかすんだ。
肺が焼ける。
息を吸うたびに、ライルの指が、ぐずぐずと後孔の内壁に蜜を塗りつけるように、這い進んでくる。
そこを拡げる作業の他はもう面倒になったのか、ライルは刹那の肩口にゆるく歯を立てたまま、声も立てない。
「……ク、…」
刹那がたまらず声を漏らすたびに、ライルの歯に力がこもる。
黙れと責められているようなその肩の痛みすら、熱を呼ぶ。
肺が焼き切れてしまいそうだ。
ライルが左手で刹那の片足を抱え上げた。
開かれた臀部のその奥へ、指がもう一本突き入れられる。
圧迫感に、刹那は思わず喉を反らせた。
薄い痛みの膜に包まれた圧迫感は、肉襞の中でたちまちドロリと溶けて、膜を突き破り、叫び出したくなるほど鮮明な快感に変わる。
「……ぁっ!」
すばやく、抑えつけるように何度も襞の奥の「そこ」を撫でられて、反射的に上げてしまった声は、自分で寒気がするほど粘ついている。
下から突き上げられる動きを受けて、ぐらぐらと宙へ逃げそうになる身体を支えようと、刹那はますます腕に力を込め、ライルの首根にしがみついた。
耳元で、ふ、とライルの吐息が散る。
「…エッロい動かし方すんのな。腰」
嗤われているのか、あきれられているのか。
自分の腰がどう動いているのかなどわからない。下手に逃げの体勢を取ると痛みが増すのがわかっているから、ライルの動きに逆らわないよう、彼に合わせているだけだ。
抵抗せず、ただライルを受け入れる。それが、それだけが、ライルにとっても、一番負担がかからない方法なのだから。
そう信じている一方で、この身体の中から湧き上がってくる快感を払いのけられない自分の汚さに、吐き気がする。
口からこぼれそうになるその汚さまでが、熱い。
ぐちゅ、と音を立てて、先走りで濡れそぼった刹那のペニスが、ライルの下半身に触れた。
布越しに触れるライルのそこはあまりにも硬く、息を何度も飲み込んで、刹那はその硬さを耐える。
下肢から溶けそうだ。
「そんなに気持ちいい?」
ライルは笑っていない。
氷に触れて感覚を失くした時のように、刹那の全身の皮膚が、ひやりと触れてくるライルの感情で固まりかける。
束ねた指を、ズグ、ズグ、とせわしなく出し入れされて、声らしい声も出せない。
出てくるのは、指の抽挿に合わせて震える吐息だけだ。
舌の根にまでせり上がってくる快感は、どろどろに汚れて沸騰し、そこに浮かびかけていた言葉を、跡形もなく融解させる。
「もう入れられたい?」
質問は、質問でありながらほとんど脅迫だった。
「違う」とも、「嫌だ」とも、到底言えない。
カチカチと鳴りそうになる奥歯を噛みながらうなずくと、また耳元で、ふ、とライルの吐息が散った。




ジャケットも脱がず、片手でベルトだけを外して、ライルは前を開けた。
いきり立つペニスが湿った外気にさらされ、瞬間ぞくりとする。
手袋ごとぐしゃぐしゃに濡れた手で、それを数回しごき、刹那の後ろに圧し当てる。
立ったままの体勢のせいか、突き挿した後孔はとてつもなくきつい。
息を飲んで、刹那が呻く。
粘膜がひきつれる痛みをこらえて、ライルは刹那の両足を抱え上げ、臀部を広げてさらに突き入れる。
ここが地上なら、刹那の体重によって、最初のひと突きでかなり奥まで入るはずだが、宇宙では重力をあてにできない分、深く突くには能動的な力が要る。
かすれた声を上げながらも、身体が宙へ滑っていかないように、刹那は壁に背を預け、ライルの肩にしがみついている。
ある程度まで中を突くと、深部の柔らかい襞がぎっしりとペニスの先端を捉えてきて、安定感が増した。
刹那の腰をつかみ、後孔の奥へ狙いを定めて、引き寄せる。
皮膚のぶつかり合う、低い水音が散った。
「あ、あっ、」
結合が深くなる。
痺れるような快感が、ライルの背筋を駆けのぼった。
深く挿し貫いたそこを確認するように、ごく小さな動きで、腰を刹那の臀部へ打ちつける。
さらに身体を安定させるためか、刹那の両足が、ライルの腰に絡みつく。
そのしぐさを、求められている、と解釈するのは勘違いだ。
刹那はずっと前から、セックスに慣れきっているだけなのだ。
わかっていても、ライルの息は少し上がる。
刹那の真意がどうであれ、今、彼はライルに自分から犯されようとしている。
一度目の時とは何か違う、彼の意志を感じるのだ。
ライルは両手で刹那の両腿をつかみ直した。
自分の膝をゆっくり屈伸させて、刹那の中のペニスを抜き挿しする。
ぬちぬちとペニスに絡みつく内襞の熱さに、また背筋が震える。
たまらない。
彼を穿つリズムがある程度整ったところで、ライルは大きく腰を引いた。
すぐに、もっと深いところにまでペニスを突き入れる。
「…っ、ぁあ!」
ライルの腰に絡んだ刹那の両足に、さらに力が込められる。
離れまいと、もっと犯してくれと、言わんばかりだ。
また腰を引く。
次の衝撃を待ちわびるように、刹那が瞬間、息を飲む。
飲んだ息の根を止める勢いで、突いて、突き上げる。
繰り返される悲鳴は、耳を溶かしてくるような淫らさだ。
突くたびに、柔らかい刹那の肉が、もっと奥へと誘うように絡みついてくる。

───なんだこれ。

まったくおキレイに、セックスに興味も執着もまるっきりないような顔をして、この身体の卑猥さはいったいどういうことなのか。
わかっていてやっているのだとしたら、とんでもない。
生唾を飲んで、腰ごと焼けそうな快感をライルは耐える。
そこかしこの関節がガクガクになるまで突いてやりたい。
もっと獣じみた声で啼かせたい。
刹那の腰をつかみ直して、突き上げる角度をわずかに変える。
「──ヒ、…!!」
刹那の喉が鳴った。
構わずに腰を揺らす。
さっきまで、指でアタリをつけていたのはこの位置のはずだ。
漏れる悲鳴の、色味が変わった。
その甲高さに煽られて、ライルも抽挿を速める。
「アタリ」が間違っていなかったことが嬉しくて、ぞくぞくする。
湿った肉がぶつかり合い、繰り返される水音が、悲鳴と絡み合いながら、狭いシャワールームをただ満たす。
突然、刹那の内壁が異様な力でライルを締め上げた。
「お、まえ…っ…!」
とっさに罵るライルの顎に、飛沫が数滴かかる。
予兆もなく達してしまった、刹那の精液らしい。
白く濁ったそれは、ライルの喉元をぬるりと伝い、いくつもの滴になって、生き物のように温かくやわやわと空中を這い始める。
「……ぅ、…っ、」
絶頂の余韻なのか、顎をのけぞらせて呻きながら、刹那はライルの背中に爪を立ててくる。
見たこともないその苦悶の、いや快楽の表情に、つられて達しそうになり、ライルはきつく目を閉じた。
熱さと冷たさを兼ね備えたこの快感は、強いて言うなら怒りに近い。
まだだ。
まだ、この男を犯し足りない。
目を閉じたまま全身に力を込め、ライルは刹那を壁に再度押しつけた。
せわしない呼吸に上下するお互いの胸筋の間で、温かい精液が行き場を失い、みち、と音を立てる。
「…力、抜けよ」
低く恫喝すると、刹那の肩が震えた。
次の反応も待たずに、ライルは抽挿を再開する。
脱力した刹那の臀部へ、ひときわ腰を強く打ちつけると、狩られて撃たれた鳥のように、絶え絶えな声が上がった。
「…もっ、…ぅ、や、めっ、…」
ほんのわずかな、その初めての懇願に、ライルの忍耐が焼け切れる。
もう、意味のある言葉など言わせない。
唇を唇で封じて、悲鳴も懇願も砕く勢いで、ただ腰を打ちつける。
待ちわびた、刹那の獣のような呻きは、すべてライルの舌に吸い上げられ、食い尽くされた。

───全然、足りない。

こいつの言葉を奪っても、プライドを奪っても、まだ足りない。
どこにもぶつける術のないライルの怒りは、刹那の肉に絞り上げられ、抗えずに精を吐き出し、あっという間に後孔の奥で果てた。




視界がクリアになった。
ドアを開けっぱなしのシャワールームから、すっかり水蒸気が逃げ出してしまったからだ。
全裸のまま、貼りつけられたようにその壁にもたれ、ぼんやりと刹那は目の前のライルを見つめる。
「あー…。ベタベタになっちまった」
服が濡れる、という刹那の警告に従わなかったのはライルであるのに、その本人はぶつぶつと文句を言いながら、やっと手袋を外し、靴を脱ぎ、服を脱いで、それらをシャワールームの外に放り出している。
手早く全裸になったライルは、すぐにドアを閉め、シャワー水栓のスイッチに手をかざした。
二人きりの小さすぎる密室に、温水が降り始める。
正確に言うと、(重力が微弱すぎるので)水は降っているのではなく、天井から送り出された空気と共に、床のダクトに吸い込まれているだけなのだが。
「…来い」
温かい水しぶきの中で、自分の顔を拭うのもそこそこに、ライルは壁際の刹那に手を伸ばしてきた。
拒絶する隙もなく、腕をつかまれ引き寄せられる。
「あそこ、洗ってやっから。足ひらけよ」
「あそこ」が身体のどこを指しているのかは理解できる。
だが、行為後に後孔の中に溜まったものを洗い流す作業を、刹那は今まで他人に任せたことはない。
過去に、そんなことを申し出てくる相手は一人もいなかった。
ライルの思考がまったく理解できない。
あれはほぼ排泄行為だ。そんなものを手伝って、不快感以外の何が得られるというのだろう。
「……後で、自分でやる。放っておいてくれ」
「今シャワー流してるってのに、後もクソもねぇだろ」
「だめだ」
ライルの腕を逃れ、壁面の手すりをつかみ直すと、ぐらりと視界が回転した。
背後からライルに腰を抱え込まれ、刹那の足が床から浮き上がる。
「ちょうどいい体勢だぜ。そのまま両手で手すり握ってな」
水音と一緒に、満足そうなライルの声が聞こえる。
振り向いて抗議の視線を送っても、もう遅かった。
馬やラクダの交尾と同じ姿勢で完全に後ろを取られ、微重力下で足も床につかないとなれば、逃れる術はほぼない。
何より、ほんの数分前までライルと激しく交わっていた下半身には、、もう力が入らない。
とても抗いきれない快感をどうにかこうにか受け止めて、必死の思いで嘔吐をこらえ、そこが熱くなるのをやり過ごしてきたのに、またライルの手で触れられてしまったら、今度こそ取り返しのつかないことになるような気がする。
「…!」
後ろから、ライルの腕が、刹那の片腿をきつく抱え込んだ。
壁面の手すりから手を離すこともできずに、刹那は捕らわれていない方の足をばたつかせる。
「抵抗すんな。ムダだぜ?」
ばたつかせたせいで、かえって足を大きく開かせられ、そこに指が挿し込まれる。
ついさっきまで太い肉茎を受け入れ、幾度も抜き挿しされた後孔の肉は、うっすらと熱く腫れている。
「……ックオン…っ!」
治まりきらないそこを指で再度撫でさすられ、刹那の意志とは関係なしに、刹那の下肢が震え上がった。
「だめだ、ロックオ…ン、」
手袋を外した、ライルの素のままの指は、暴力的なまでに温かく、刹那の内壁を掻く。
掻かれて、腫れた内壁が、いっそうの熱を誘発する。
パニックに近い悪寒が、刹那の体芯を貫いた。
叫ぶこともできないまま、下腹の奥深くから、大量の粘液が掻き出される。
さらさらと降りしきる水音の中で、掻き出されたそれは明らかに異質な音を立てて、刹那の臀部や睾丸にまとわりつき、すぐに流れてゆく。
「力抜けよ。そんなにおれの指、美味いか?」
「ロックオ、……っ、」
どうしようもない吐息が、刹那の喉を擦った。
温水を浴びているせいでなく、首が、顔が、熱くてたまらない。そこが赤く染まっているのだとしたら、見られたくない。
これ以上、どんな言葉で拒絶すればいいのか。
ライルの指に震えながら、刹那は目を閉じる。

───いや。

最初から、何も拒絶できないことは、決まっていたのではなかったか。
だから。
これから先も、快楽に汚れながら、ライルの求めるままに、この行為を繰り返していくしかないのだ。
「ロックオン?誰のことだよ。……兄さんか?」
残酷な皮肉に、息を飲む。
飲みきれないうちに、ライルの指がずるりと孔を出て行き、違うものがそこに圧しつけられた。
あまりにも太い肉茎が、さっきよりもずっとたやすく侵入してくる。
その快さをどうにもできず、目を閉じた闇の中で、刹那は声もなく喘いだ。