星は辺りに雨と降り -4-



***

ブレイクピラーの件もあって、リニアトレインや低軌道ステーション内に銃器を持ち込むことは、厳しく制限されている。
いかに護衛ミッションといっても、軍人や警察でない限り、ステーション内では通常、銃は携帯できないのだ。
刹那は、こちらに銃口を向けてくる男を見つめた。
男の年齢は、三十五歳程度。
がっしりした体つきは、白人のそれだ。
もしも彼が何らかの訓練を受けている人間ならば、生身の接近戦での勝算はほとんどない。
色味がわかりにくいが、男の銀灰色の瞳は、冷たくてふてぶてしい。
他人に銃を向けることに慣れている目だった。
ノーマルスーツを着たままなところを見ると、おそらく、ステーションに着艦した直後に、停泊ポートのセキュリティチェックを強引に突破してきたのだろう。
男の背後の数十メートル向こうにも、隔壁が見える。
この男を隔壁内に閉じ込めるために、ステーションの警備システムが作動したのだ。
隔壁の、見えない向こう側に次々と人間が集結してくる気配がする。
警備員か。警察か。
この事態は隔壁の外にちゃんと伝わっているのだろうか。
今、警察がここに踏み込んでも、この状況では刹那もエージェントもジャンク屋も、まとめて人質にされるのがオチだ。
ここまでする、この男の目的は何なのだろう。
刹那の内心の疑問を、いきなり小さな波動が揺すぶる。
刹那の隣に立っているジャンク屋の顔色と感情がみるみる変化して、それが波動のように刹那の脳量子波を刺激しているのだ。
ジャンク屋は、銃を構えた男を凝視したまま動かない。
すると。
凝視された男の太い眉が、ふわりと、だが冷ややかに緩んだ。
「よう。久しぶりだな。まさかこんなところで会えるとは思わなかったぜ?」

───知り合いか?

刹那はジャンク屋を見やる。
が、ジャンク屋は唇を引き結んだままだ。
いらだち。
焦り。
恐怖。
後悔。
ジャンク屋の中で、何ともいえない感情が噴き上がっている。
刹那たちの手前、こんな強盗もどきの人物と面識があることを知られたくないのだろう。
しかし、強盗もどきの男は容赦なかった。
「拾い屋を引退したってのにステーション観光かい?ずいぶん羽振りがいいんだな?」
銀灰色の瞳が、ジャンク屋を上から下へ舐め回す。
「違う。仕事中だ。銃を下ろせ」
色々なことをあきらめて、ジャンク屋が返答する。
男は嘲笑するだけだった。
「残念だけど俺も仕事中なんだわ。久々にヤバいもん拾っちまってよぉ。入港したとたんに検品センサーにひっかかってこのザマだ」
「逃げても何の得にもならない。今なら何ヶ月か檻の中に入るだけですむ。投降しろ」
「あんたならわかると思うがな。今回のは、二度と拾えねぇ激レアもんだ。あんたらがここで人質になってくれれば、アレを持って帰れる」
「投降しろ」
「激レアもんだぜ?なんたって、」
男が、にやりと声をひそめた。
「ガンダムの太陽炉だからな」

その場に沈黙が落ちる。

「おっと!」
男が、身じろいだ刹那にまっすぐ銃口を向けた。
「どこの業者か知らねぇが、妙な動きしやがったらぶっ殺す。あと、後ろの姉ちゃんも出てきて手ぇ上げな?」
ホールドアップの姿勢のまま、刹那は食い下がる。
「人質が必要なら、俺を連れて行ってくれ」
「泣かせるねぇ。彼女かい」
「女性だけでも解放した方が、後でおまえにとって有利になる」
「つべこべうるせぇ。グラサン取って壁際に並びな!」
しかたなく、刹那はサングラスのつるに手をかけ、彼女の隣に並んで立った。
「取ったら捨てろ!手をポケットに突っ込むんじゃねぇ!」
重ねて怒鳴られ、サングラスを空中に手放す。
失くしてはいけないそれは、きらりと一度、照明を反射して碧色に輝き、刹那の指を離れてゆっくりと天井へ漂っていった。


***

『銃を捨てなさい。あなたは包囲されています』
このエリアのどこかに設置されているマイクロスピーカーから、AIとは違う声がする。
スピーカーがあるのなら、定点防犯カメラも壁のどこかにあって、この状況を映像として外部に伝えていることだろう。
ジャンク屋の男は、後頭部で手を組んだまま、通路に立ちつくす。
こんなにも会いたくない場所で会ってしまった、かつての同僚は、ファン・シェンイー氏を壁際から引き剥がし、その背中に銃口を押しつけた。
「この状況、見えてんだろポリス野郎!人質を死なせたくなかったら、隔壁を開けろ!俺を元の停泊ポートまで行かせろ!」
男も防犯カメラを意識している。
この乱暴な男と知り合いであることを、ファン氏に知られてしまった。
自分は今、彼女に助け舟も出せない。
昔から、デブリの奪い合いによる刃傷沙汰はしょっちゅうだったが、殺人はしないのが拾い屋の暗黙の掟だ。
だが今回の彼の拾い物は普通のデブリではない。
万一の事態が起こってしまうかもしれない。
そして、殺人までいかなくとも彼女に危害を加えられたら、ついさっきの契約も、これからの仕事の信用も、なにもかも失ってしまう。
怪しい者同士が売買契約を結ぶアングラな業界でも、いや、アングラだからこそ、契約相手を傷つけられるような失態が拡散されれば、取り返しがつかないのだ。
時間稼ぎなど無意味かもしれない。
だが、ジャンク屋として何でもいいから、望みが欲しい。
「…本当に、太陽炉なのか?動くのか?」
食い下がると、男は得意げに鼻を鳴らした。
「通電したら動いたぜ」
「粒子の色は?」
「聞いてどうする」
「連邦の太陽炉とソレスタルビーイングのとでは粒子の色が違う」
「…赤かったぜ?」
「なら連邦の量産品だろう。おまえが思っているほどの価値はない」
「ところがな。連邦のシリアルナンバーがねぇのよどこにも」
「通電すれば電源にナンバーがフィードバックされるはずだ」
「だからそれが無ぇんだって」
男はますます得意げに言い放ち、うるさげに舌打ちした。
その湿った音と同時に、すぐそばの隔壁がゆっくりと開き始めた。
天井に向かってスライドされてゆくその隙間から、数人の警官らしき足が見え始める。
隔壁が上がりきらないうちに、そばで低くホールドアップの姿勢を取っていた、あの無表情なボディガードが口を開いた。
「俺は王(ワン)家の内部エージェントだ。俺を通せば王商会と直接連絡がつく。人質の価値はあるだろう。俺を連れて行ってくれ」
しんとした通路に、隔壁がスライドする小さな音だけが響く。
隔壁の向こうから現れた警官も、ファン氏も、ファン氏に銃を突きつけている男も、ジャンク屋自身も、全員が息を飲んで、そのボディガードを見つめた。
それまでサングラスにさえぎられて見えなかった彼の目には、かけらも動揺は浮かんでいない。
限りなく赤に近いブラウンの瞳が、静かに刺すように、前を見つめている。
静寂の中で、プシュ、とかすかな音が降る。
隔壁が完全に天井に吸い込まれた音だ。
「………はぁ?王商会だと?人革領の?」
場違いなまでに有名すぎる企業名を出されて、銃を持つ男の語尾が脱力した。
ボディガードの赤い瞳は揺るがない。
「刹那・F・セイエイを知っているかと王商会に問い合わせてみろ。必ず返事があるはずだ」
「寝言も休み休み言えってんだ!」
「嘘じゃない。確かめてみればいい。王商会に連絡を取らせてくれ」
またその場に沈黙が落ちる。
ファン氏の背中に銃を突きつけたまま、男がもう一度、にやりと笑った。
「おいポリス野郎。その兄ちゃんに手錠をかけろ。そうしたら、この姉ちゃんと交換してやる」
警官たちは動かない。
恐怖に固まっていたファン氏の黒い目が、泣き出しそうに形を歪めた。
「かまわない。頼む」
セツナと名乗ったボディガードは、相変わらずホールドアップのまま、背後の警官を促す。
信じられない思いで、ジャンク屋はセツナを見つめた。
ボディガードにしては雰囲気がおかしいと思っていたが、そのカンは我ながら当たっていたようだ。
この、どう見積もっても二十歳そこそこの青年の落ち着き方は、普通ではない。
世界的な名家に仕えるエージェントというハッタリは、あまりに突飛だが、確かめればすぐバレてしまうようなその突飛さが、かえって真実ぽく見えてしまうほどだ。
警官に手錠をかけられ、セツナはファン氏にふわりと近づく。
男は、セツナの二の腕をつかんで引き寄せ、銃口を彼の額にすばやく押しつけた。
「おい姉ちゃん。この兄ちゃんの携帯と、このジャマなマフラー、ついでに持ってけ」
微重力空間に、セツナの赤いマフラーがふわふわとたなびいて、両手が不自由になった彼の顔が、半分ほども隠されている。
悲鳴を飲み込むように、ファン氏が肩を震わせた。
「早くしろ!」
怒鳴られ、彼女はしかたなくセツナの首筋からマフラーを引き剥がした。
携帯端末も探そうとはするが、出会ったばかりの異性の衣服を探るのはさすがにやりにくい。
「…ズボンの右のポケットに入っている」
おとなしく両手を手錠に繋がれたまま、セツナが彼女に指示を出した。
「ごめんなさい…」
涙のにじんだような声で謝罪しながら、ファン氏はセツナから携帯を取り上げた。
取り上げてすぐ、男に突き飛ばされる。
ファン氏の身体と長いマフラーが空中を横切り、離れて立っていた警官の一人が彼女を抱き止めた。
「どうだ?王商会に連絡はついたか?」
あまり期待もしていなさそうな声で、男が警官たちに尋ねると、その中の一人から返答があった。
携帯端末を片手にした警官の声は、緊張に満ちていた。
「王商会に今、通信が繋がっています。刹那・F・セイエイの解放を希望しているので、交渉条件を提示してほしいとのことです」
「…マジか……」
一同が盛大に息を飲んだ後で、男は勝ち誇って命令した。
「おまえら、もう一度ここの隔壁を閉めろ!閉めたら、ここ以外の隔壁は全部開けろ!!」
他の隔壁を開けて停泊ポートに引き返し、ガンダムの太陽炉を乗せた輸送艇に乗り込めれば、そのまま宇宙空間に逃亡できる。
王家にゆかりのある人質が輸送艇に乗っていれば、連邦軍もそれを撃ち墜とすことをためらうだろう。
もう一度、その場の天井から隔壁が下り始めた。
「行くぞ」
男はセツナを前方に押しやり、その背中に銃口を押しつけ直す。
もう一度前方に押しやられる前に、セツナはこちらを振り向いた。
「彼女を連れて、ここから出ていけ」

───契約を終えたのだから、二人とも戻ってくれ。

返事もできずにジャンク屋は立ちつくした。
胸が詰まって、なぜか奇妙な既視感が、身体の深いところに刺さったような気がした。
「…ごめんなさい!ごめんなさい、私……!」
ファン氏がセツナに駆け寄ろうとしたが、警官に制止された。
ジャンク屋も同じく制止され、警官によって、下りてくる隔壁のこちら側に引きずり出される。
セツナの唇がまた動いたように見えた。
が、すぐに下りてきた隔壁に視覚も聴覚もさえぎられ、彼の最後の声はよく聞き取れなかった。