翼のある使者 -3-



沈黙が部屋を這う。
エドワードは、何度か息を吸い、吐き、何度か何かを言おうとして、やめた。
アルフォンスの耳元で、エドワードの吐息が揺れ、砕けて床に落ちてゆく。
腕を緩めないまま、アルフォンスはエドワードの肩から顔を上げた。
「昨日の今日なのに、すみません」

───昨日、あなたを待つと、偉そうに言ったばかりなのに。

「ア、アルフォ…」
「キス、…していいですか」
こんな、ことを言いたいわけじゃなくて。
「アルフォンス?…どうしたんだよ?」
「すみません」
質問を拒否して卑怯に謝罪しながらも、アルフォンスはますます腕の力を強めた。

───すみません。

こんなことに、なんの意味もないのはわかってるんです。
震える唇でエドワードの耳朶に触れると、エドワードの肩がぎしりとすくみ上がり、身体にさらに力が入った。
冷えた耳朶の表面は、上質な布地のようにふわふわと柔らかい。
その質感の誘惑に耐えきれず、唇だけでそこを食むと、エドワードが歯を鳴らして息を飲んだ。
一気に、なだれ落ちるように、口付けを首筋に落とす。
エドワードの喉に飲まれたはずの息が、断続的に吐き出されてくる。
「…っ……」
嫌がっているのか。
感触に耐えているだけなのか。
温度が急上昇する意識の中で、アルフォンスはもう細かい判断を下すことが出来ない。

───この人は昨日、僕に言った。「かまわない」と。

昨夜のエドワードのはかない許可だけをぐるぐるとめぐらせて、もうそれだけに支配されそうになりながら、アルフォンスは全感覚でエドワードを捕捉する。
許可は昨夜のことだけで、エドワードはもう、今日になってそのことを後悔しているかもしれない、などという良心的な配慮は、いっさいがっさい思考の淵から叩き出した。
叩き出して、しまった。
エドワードを捕らえているアルフォンスの腕に、エドワードの指が触れてきたが、その動きは、拒絶でも、要求でもない。
おそるおそる絡んでくるその指の動きまでが、アルフォンスのいらだちの───いらだちの導火線の、はるか末端に火をつける。
エドワードの指を振り払い、アルフォンスは目の前の肩を掴み直して、エドワードがよろめくのもかまわずに、彼の身体を反転させた。
驚きで硬く光る金の瞳ごと、もう一度その小さな身体を、真正面から抱き締める。
いらだちなのか、不安なのか、感激なのか、その全部なのか、温度と色彩の違う感情が、次から次へとアルフォンスの中で明滅し、アルフォンスの視界を薄い膜で覆った。
霧がかかったような視界の中では、本棚の本の背表紙も、腕の中のエドワードの身体の輪郭すらも、ぼやけてくる。
身体をこわばらせながらも、エドワードはアルフォンスから逃れようとはしなかった。両腕をだらりと下ろし、片頬もアルフォンスの胸元に擦り付けたまま、黙り込んでいる。
どうにかそのこわばりを解いてくれないかと、ひたすらに自分勝手な思いをめぐらせながら、アルフォンスはエドワードの背中に回した腕を解き、うつむいている金髪頭をそっと撫で、撫でたその手でエドワードの頬を捕らえた。
また、びりっと顎の骨を震わせて、エドワードが小さく息を吐く。
吐息すらも捕らえたくて、アルフォンスは両手で彼の頬を包囲した。
頬の甘い柔らかさに耐えながら、両手のひらに力を込めてうながすと、ようやく捕らわれたそれが動き、エドワードがこちらを見上げてくれる。
身も細る思いでアルフォンスが金色の虹彩をのぞき込むと、虹彩はとろりと揺れて、ほんの瞬間、脅えの気配を帯びた。
その気配は、嗜虐心にも近いいとおしさを呼び、アルフォンスの理性を崩壊させた。
そのまま目を閉じて口付ける。
間際に、エドワードが穏やかに目を閉じるのが見えて、許されたのだと片隅で安心しながら、彼の唇を唇で探った。
自ら塞いだ暗い視界の中で、沁みるような肉の柔らかさを確かめ、更に奥へと、舌で許しを乞う。いつかの夜とは違い、エドワードは驚くほど素直にアルフォンスの要求を受け入れてくれる。
潜んでいた舌の柔らかみに、脳も神経も魂も、とろけて流れて行きそうだ。
深く舌を絡めると、エドワードが喉でうめいた。
逃がすまいと、更に追う。
「…ん、……う!」
アルフォンスの体重に押されて、エドワードは口付けられたまま一歩と少しあとずさり、本棚に身体を押し付けられた。
がたん、と小さくない音がしたが、アルフォンスの耳にはもう届かない。
不揃いな本の背表紙たちの力を借りて、アルフォンスは両腕で小さな檻を作り、堅固にエドワードを閉じ込める。
彼が自分の意志で生きて、動いて、考えているからこそ彼をこんなに好ましく思うのに、アルフォンスの身体の底から噴き出して来る濁流のような感情は、その愛しい対象を、閉じ込め、引き裂き、髪の毛一本、心の向きのひとかけらまでも抱え込んでしまえと、咆え狂いながらアルフォンスに命じている。

───どこにも、行かないで欲しい。

エドワードさんが誰にも会わず。
エドワードさんが何も考えず。
エドワードさんがここに永久にとどまって、僕のことだけ考えていてくれたら。

かなわないからこそ切実な、そしてこの上もなく愚鈍な感情に臓腑を焼かれ、アルフォンスはますますいらだちながらエドワードの身体に手を伸ばした。




抱き締めても、抱き締めても、足りない。
エドワードに息を継がせるタイミングも計れないまま、彼の唇の隅々までを濡らし、アルフォンスがふと唇を離すと、照明と唾液できらりと白く光を溜めた愛しいそこから、表面張力の限界を超えた小さな水滴が、つう、とあふれて筋になり、エドワードの顎を伝った。
顎に伝う水の感触を、優しく責めるかのように薄目を開けたエドワードは何も言わない。顎も拭おうとはしない。
そもそも身動きしようにも、エドワードは完全にアルフォンスの腕の中に捕らわれていて、背中にまで回されたアルフォンスの腕の下から、アルフォンスの寝巻きの脇腹あたりをかろうじて掴むのが関の山だ。
アルフォンスは羽毛のように軽い後悔を心の中で払い落として、湿って赤を増した眼前の口唇に、もう一度許しを乞う。
深いキスを飽くことなく、立ったまま何度もエドワードの口腔の奥に届けていると、何度目かで、根負けしたように舌を舌で引き止められた。
アルフォンスの内臓の隅々までに、新しい衝撃が走る。
あまり乱暴にしては、柔らかい彼の舌は溶けて、傷ついてなくなってしまうのではないかというありえない焦燥にまでかられていたのだが。
逃げ腰気味に戸惑っていたエドワードの舌に、ある意志を感じて、アルフォンスは全身を震わせた。
応えて、くれる。
そう認識しただけで目の奥が燃えて熱を帯びる。
エドワードの肺を透過してこぼれてくる吐息は、エドワードの匂いを含んでいて、掻きむしるようにアルフォンスの舌を焼き続ける。
数秒後、ゆっくりと舌の裏をエドワードにねぶられて、アルフォンスは我慢出来ずに、手探りでエドワードのシャツのボタンを外した。




この愚かしい平衡感覚を、どう言ったらいいのだろう。
エドワードはなすすべもなく目をつむる。
普段の、頑固なまでに誠実で品行方正なアルフォンスの手のひらが、小さな子供のように聞き分けなく、シャツの胸元から這い入り込んで来る。
彼の手のひらは、温かく、心地よく、乱暴で哀しい。
この事態は必然だ。
驚くことでも、ためらうことでもない。
意識の中の、冷めた一点をどうしても手放すことが出来ず、アルフォンスに申し訳ないと思いながらも、それゆえにエドワードは彼を拒絶することが出来ないでいた。
これは、昨夜起こるべき事態だった。昨夜アルフォンスに言ったことを、エドワードは撤回していないのだから、アルフォンスは今こうしていても、誰に責められるいわれもない。
エドワードの精神を支える平衡感覚は、ぐずぐずに崩れながらも、原型をとどめ、とどまったその形が、更なる後悔と愉悦を呼ぶ。

───さっきと、同じだ。

数時間前の、目がくらむようなマスタングとの会話を思い出して、エドワードは胸を詰まらせる。

───嫌なら、関わらなきゃいい。それが、出来ないのは。

それが出来ないのは、望んでいるからなのだ。
シャツの肩口を剥がされ、鎖骨にアルフォンスの口付けを受けながら、エドワードは歯を食いしばった。
立ったまま、完全に本棚にはりつけにされ、整理の良くない本棚からはみ出た本の角に素肌の肩を擦られても、もう自由に身体をずらすことも出来ない。
それでも、アルフォンスの必死さが嬉しかった。

───その嬉しさごと、オレだけ堕ちてしまえばいい。

エドワードひとり堕ちたところでアルフォンスに贖罪出来るわけではないし、その願いさえも、結局自己への憐憫である。
それでもエドワードは願わずにはおれなかった。
「背中が痛い。……ベッドで、頼む」
やっとそれだけエドワードがささやくと、アルフォンスはぎくりと動きを止め、こわごわとこちらを見下ろして来る。
その目が好きだ。偽りなく。
けれど、好きだと思うそのことに、理由があるのが息苦しい。
「アル」に似ているから。
優しいから。
親切だから。
優秀だから。
アルフォンスのまっすぐな思いを蹂躙する理由たちは、そうやって、いくつもいくつもエドワードの心に溜まり、不気味に重量を増してゆく。
エドワードのそんな事情を、アルフォンスがわかっていないはずはない。
弟に似ているから、そして似ていても惹かれるなどと、そんな、擬似的近親姦に等しいエドワードの暴言を、なぜアルフォンスは受け入れてしまえるのか。
もっと彼が普通に利己的で、普通に感情の計算というものが出来れば、エドワードのような人間と関わり合うことはひとかけらの得にもならないということを、彼の優秀な頭脳はすぐに理解出来るはずなのだ。

───ばかやろう。

アルフォンスに手を引かれて、沈黙したままベッドの縁に腰掛け、エドワードは心で怒鳴る。

おまえは堕ちるな。
おまえが堕ちることを止められないオレなんか、千回砕けたって足りないぐらいの、バカでしかねぇんだ。

アルフォンスの焦る指に合わせて、エドワードはわずかに肘を上げ、シャツの袖から腕を抜いた。
半裸のまま抱き締められ、視界が反転し、背中にシーツの冷たさが行き渡る前に、エドワードはキスの豪雨に襲われる。
充分に開けられないまぶたの隙間からのぞくアルフォンスの顔は、エドワードがこれまで見たことのない、冷酷さと切なさをにじませていた。
その澄んだ瞳の青は濁り、粘りつくように湿りながら、苦しげにエドワードを見下ろして来る。

───けれど、その目が好きだ。

今、誰にそう告白したって、アルフォンスに告白したって、笑われるに違いない。
胸の突起に触れてくる唇の感触を耐え抜こうと、エドワードは仰臥したまま、両手でシーツを掴み締めた。


だからオレだけ、堕ちてしまえばいい。
この世界の賢者が語る、地獄とやらへ。




一度得たものを手放し、忘れることは容易ではない。
アルフォンスの吐息と手のひらは叫びだしたいほどに温かかった。
何もかも施される恥ずかしさに耐えられなくて、下着は自分で脱いだ。
面食らっているアルフォンスを見ていると、意地悪くも少しだけ、上がって来る息が治まった。
一度ベッドを降り、律儀に自分も服を脱いでいるアルフォンスの肩甲骨は、エドワードが予想していたよりもずっと大きかった。
脱いだ下衣に片足を取られ、ベッド脇でよろける彼に、ふっ、と乾燥した笑いがこみ上げてきて、エドワードはその腹圧を耐えたが、見とがめたアルフォンスに、全体重をかけられ押し潰される。
「ぐ…うぅ、重い、……アルフォンス!」
見上げるアルフォンスの瞳から、照れ隠しの怒気はすぐに消えた。
触れ合う素肌の胸があまりにも滑らかすぎて、エドワードはすぐに、笑うことも怒ることも出来なくなる。下肢に柔らかいアルフォンスの性毛を感じて、お互いが全裸であるという思いに、もう逃げ場はなくなった。
アルフォンスが両手のひらでまた、頬を捕らえようとしてきたが、それを避けるように仰臥したまま、エドワードは左手で目元を覆った。
目を閉じていても、さらにその目を自分の指で覆い隠しても、我ながらヘドが出そうなこの罪悪感らしきものは、エドワードの身体の中から消え去ってはくれない。
「…どうして、隠すんですか」
かすれた声が至近距離から降って来て、目を覆う手首を掴まれた。
手首にかかるその力を振り切って、エドワードは目を覆ったまま、声からさらに顔を逸らす。
「顔、見せてください」
溶けそうに優しいささやきとは裏腹に、アルフォンスの腕力は容赦ない。
彼の腕力を振り切って、ここから逃げ出すのはもちろん不可能ではないが、それがどうしても出来ないことを、エドワードは知っている。
「僕を見たくないですか?」

───弟に似ている、僕を見たくないですか。

エドワードの内心を、一瞬震え上がらせるような質問をしておきながら、どこまでもアルフォンスの声は優しい。
「…違う」
アルフォンスを安心させるためではなく、自らを落ち着かせるために、エドワードは即座にその質問を否定した。
自分の慌てぶりに、自分が心底嫌になる。
「オレが、オレを見たくない」
自分で自分の顔を見ることは不可能だ。鏡でさえ、左右を反転している。そんなつじつまの合わないエドワードの繰り言を、アルフォンスは笑いも怒りもせず、黙って受け止めているようだった。
「よかった。僕を見たくないとか、僕に見られたくないとか、そういうわけじゃないんですね?」
ひと呼吸おいた闇の中、耳元に吹き込まれる笑んだ声に、エドワードはひるんだ。
その脱力を見過ごさず、アルフォンスはエドワードの指をその顔からすばやく引き剥がす。
「…!おま、え…」
「見せて。顔を」
捕らわれた手首は力強くシーツに沈められ、エドワードの、ささやかな抗議になるはずだった声も、あっという間にアルフォンスの唇に塞がれる。
芯のある絶妙な硬さの舌は、エドワードの舌をぎっしり抑えつけた。
悔しさのあまり、それを噛んでやろうかとエドワードは思うが、すでに顎には力が入らない。
まるで、誘ってでもいるかのような弱々しい抵抗は出来るくせに、今のこの身体にはもう、ぴんと張り詰めた筋力は存在しない。
ずっと待っていたからだ。
そして、無駄と知りながら、探していた。
ひとときでいいから、こうして誰かに抱き締められたかった。
嫌でも思い出す。
あの黒い髪が喉を這い、胸元を探り、彼の唇が下肢の隅々にまで触れてくれた、長くて短い夜のことを。
噛むべきなのは、自分の舌なのかもしれない。
そうして死んでしまえないこの罪悪に、息が詰まる。
口付けられたまま、アルフォンスに腿の付け根を探られて、エドワードは眉を歪めた。
シーツに留められていない右手で、アルフォンスの指の行方を追うが、間に合わない。
おまえの力で真実にして欲しい。
この、おまえの感触を。体温を。
おまえのくれる快楽が、暴力になったっていい。
その方がオレには楽だ。
有無を言わさずオレを罰して、痛めつけて、おまえなしでは狂うぐらいの狂気に囚われたまま、ずっとここで、生きて行けたら。
欲望の中心となるそこをそっと握られ、エドワードはアルフォンスにすがりついた。
オレは、オレの力でこれを真実にすることが、出来ない。




アルフォンスの武器は想像力しかない。
どこを触られれば気持ちがいいか、という自分の願望と想像を、ひたすら目の前のエドワードに転写して、その通り実行に移すしかない。
当然ながら、男女の「それ」だってきちんとこの目で見たことはないのだ。街の庭園の片隅や、ふと踏み込んでしまった歓楽街近くの路地で、身体を寄せ合っている男女が最終的にどういう行為に至るのか、ということはもちろん知っていたし、男同士での行為も、観念の上では理解していた。
しかし、このエドワードの肌を前にしては、知識も理解も観念も吹き飛んでしまう。
とても口外は出来ないが、これまでもエドワードと寝る夢を見たことはある。今こうして彼の肩に触れ、首筋に口付け、あまつさえ彼の滑らかな胸元に触れていても、これは夢ではないのかという思いを完全には拭えない。
こうしていても、深い無意識の底で闇が明滅し、穴のようなその場所から一気に意識を引き上げられ、また気がつけば自分は薄暗い朝に目覚めていて、一人ベッドに横たわっているのではないのかと、そんな隙のない予想が、アルフォンスの頭の隅から出て行ってくれない。
嬉しくて、そしてまた恐ろしくて、どうかしてしまっているらしい。
アルフォンスの耳の傍で、エドワードの吐息が、わずかに震えて途切れ、また吐き出される。
しっとりと柔らかかったエドワードの胸の突起が、アルフォンスの舌下で熱く弾力を増してきた。
出来ることならそれを舐め取って、口の中でいつまでも柔らかく転がしていたい。
もどかしい劣情をもてあましながら、アルフォンスはエドワードの下腹部に手を伸ばす。
あっさりと触れてしまった彼のそこは、既に少し硬度を増していて、泣き出したくなるほどにアルフォンスは安心した。
彼の身体はアルフォンスの触れ方を快楽と感じてくれているのだ。
今ここで、エドワードが気持ちの全てを自分に傾けてくれているという確信はないが、嫌悪感がまさっている時には、人間の、しかも男の身体は、きっとこんなふうに反応はしてくれない。
直後に身じろいだエドワードが、アルフォンスのその手を拒むように掴んできた。
だが、もうアルフォンスは退(ひ)かない。
「ちょ…アルフォン、ス」
アルフォンスの意識が下腹部に逸れたのを見計らったように、エドワードは、ベッド上に固定されていたもう片方の手首を取り戻し、そちらでアルフォンスの肩にすがる。
アルフォンスに、エドワードのその、抵抗とも取れる動作の意図を細かく分析している余裕はもうなかった。
正直言って、分析などしたくもない。
エドワードと会話するのが嫌で、アルフォンスはさらに指先に力を込めた。
「……!」
息を詰めるエドワードの一瞬のけいれんが、彼の欲望の中心にまで行き渡る。
けいれんに呼応するように、アルフォンスがエドワードの胸元で舌を使うと、彼の欲望はアルフォンスの手の中で、追いつめられたようにびくびくと体積を増した。
欲望の体積に比例して、肩に食い込んでくるエドワードの指先の圧力が、あまりに愛しい。
もっと感じて欲しい。
やや乱暴に握っていた指を緩め、アルフォンスは中指と親指を輪にして、エドワードの欲望の先端に───亀頭に触れた。
つるりと硬いそこは、燃えるように熱い。
輪にした指を、扱くように小さく上下に動かしてみる。
エドワードが膝を立て、その足先がせわしなくシーツを擦った。
「……う…」
きつく噛み締めたその唇から、こらえきれず、といった風情で声が漏れる。
またこみ上げて来るものを耐えられなくて、アルフォンスは首を伸ばし、エドワードに口付けた。
彼が噛み締めている唇を、どうしてもこじ開けたい。
こじ開けて、甘い彼の声を全部、かけらも残さず食い尽くして、飲み込んでしまいたい。
何か、身体の中からそこを殴打するような勢いで、アルフォンスの下肢にも熱が詰まってゆく。
手を動かすたびに、唇と唇で繋がっているエドワードの喉の奥から、凝縮され押し潰されて、声にならない空気の塊があふれ出し、アルフォンスの舌にまで届く。
くっ、くっ、と低く笑いをこらえるような音を立てて、エドワードは喉の最深部で吐声をこらえているようだった。
その意志の強さが憎らしくて、いとおしくて。
熱で溶かした砂糖をからめたような褒め言葉をかけたくなるのを、もう消えかけている理性で押しとどめ、アルフォンスは口付けを中断して、エドワードが目を開けるのを待った。
まぶたの下からすばやく現われた虹彩は、確かに金色で、確かに覚醒している。
いつもより倍増しに濡れているのは、彼が快楽を耐えているからだと、思いたい。
「……気持ち、いいですか?」
何か悔しがっているのか、眉をひそめて顔を逸らそうとするエドワードの頬を、アルフォンスは空いた右手でゆっくり擦った。
あくまで横を向こうとするその顔を、無理やり正面へと引き戻す。
アルフォンスの指がやや深く頬肉に沈んでも、エドワードはどうしても正面からアルフォンスを見上げようとはしなかった。
「気持ちいいですか…?」
もう一度問う声音は、たぶん情けない以外のなにものでもなかったと思う。
返答はなかった。
だが、アルフォンスの手の動きを抑えていたエドワードの手が、ためらいながらそこから離れ、さらにためらいながらアルフォンスの肩に上って来た。
両の腕ですがられる驚きと嬉しさに、アルフォンスは固唾を飲む。
本当に、彼は応えてくれるつもりなのだ。
「気持ちいいですか」
くどい三度目の問いに、長く震える吐息を漏らし、目を逸らしたままそっとうなずいてくれたエドワードを、アルフォンスもまた、両腕できつく抱き締めた。




重く鋭い快感に、息が止まる。
悪夢から覚める時のような低い悲鳴を上げて、エドワードは身をよじった。
「待てって、それはやめてくれ…!」
とっさにアルフォンスの髪を掴んで、エドワードは自らの下腹部に埋められていた、彼の顔をようやく引き剥がす。
もう相当硬い、エドワードの身体の中心を、半分ほども口に含んでいたアルフォンスは、かすかに苦痛の声を漏らした。
髪を引っ張られて、痛かったのだろう。
仰臥しているエドワードの下半身を抱え込んだまま、充血しかかった青い目がエドワードを悲しげに見上げて来る。

───い…いきなりはやめてくれ。最初だってのに。

その碧眼の悲愴さに気圧されて、言いかけた言葉はエドワードの喉の奥底にごくりと落ち込んでいった。
これまでの丁寧すぎるくらいの彼の愛撫に少し意識が飛びかけたが、初めて今日触れ合う相手の口の中に吐精してしまう事態だけは、避けたい。
年単位で誰にも触れられていない身体が、簡単に頂点を極めてしまいそうで、エドワードは気が気ではなかった。
だがそんなことを、懇切丁寧にアルフォンスに説明するわけにもいかない。
けれどこの事態は、収拾しなければならない。
エドワードはようやっと、アルフォンスの髪に手を伸ばした。
乱れたそこを少しでも整えたいと、そっと撫でさする。
「痛かった…な?ごめん」
アルフォンスの顔に、ささやかな安堵が浮かぶ。
エドワードは必死で、目下の彼と、自らの心と身体とを鎮めようと、言葉を探す。
「ソレされると、今、保(も)ちそうもねぇから…今日は、やめてくれ。もうオレに、入れていいから。だからやめてくれ」
エドワードの必死の訴えを聞いていたアルフォンスは、途中から訴えの意味を完全に理解したらしく、紅潮していた頬をさらに赤面させた。
赤面しながら、エドワードの足元にうずくまるようにしていた身体をずるずると移動させて、顔と顔を見合わせられる距離にまで伸び上がってくる。
横たわったまま再度抱き締められたエドワードの耳元に、不安げなささやきが落ちた。
「痛いかも、しれないですよ?いいんですか?」
まさかオレが嫌だと言ったら入れずに終わらせる気だったのかこいつ、とエドワードは胸中で驚愕の声を上げたが、アルフォンスは至極真剣だ。
数秒後にはもう、驚いた自分がひどくすれた商売人のような気がして、彼の腕の中でエドワードはうちひしがれた。
「エドワード…さん?」
想像を超えたアルフォンスの忍耐と思いやりに、もうなすすべもない。
「……いいぜ」
アルフォンスにも、きちんと快感を与えてやりたい。
「ちゃんと濡らせば…どうにかなるだろ」
アルフォンスの身体の下で、エドワードは先走って濡れていた自身の欲望の先端を指で拭い、自らの後口にその湿りを沁み込ませた。
「…おまえのも」
湿りを分けてもらうのと、アルフォンスの欲望にもそれを塗り込む目的で、エドワードの手がアルフォンスの下腹部に伸びる。
驚く間もなくそこに触れられて、アルフォンスは肩を震わせた。
「濡らしてくれ。おまえのも全部」
柔らかい動きで、エドワードが握った指をそこで往復させていると、アルフォンスはいきなり大きなため息をついた。
「…どうし」
た?と言い終わらないうちにエドワードのその手は払いのけられ、アルフォンスが勢い良く起き上がる。
「…!ん……っ!」
乱暴に足を広げられ、入り口を濡らした粘膜に急に指を挿し入れられ、エドワードは声を失った。
だだをこねるようにせわしなくそこをえぐった後、すぐに指は引き抜かれる。
一呼吸も置かないまま、熱く質量のあるものが、そこに押し付けられた。
声を取り戻せないまま、エドワードは唇を噛む。
ずくりと鋭く痛みを含んで、それは侵入してきた。
「う、んんっ…!ん!」
噛むだけでは間に合わず、エドワードは手のひらで口元を押さえた。
アルフォンスの吐息も鋭く揺れる。
その吐息が途切れるたびに押し進められてくる彼の質量を、意識の上で受け止めきれず、エドワードは軽くパニックに陥る。
足を高く抱え上げられ、折り込まれ、アルフォンスにゆっくりと犯される痛みに深く抱き込まれたまま、身じろぎすら出来ない。
吸気しすぎて苦しい息を吐くと、アルフォンスが侵入を止めた。
「痛い、ですか…?」
質問を肯定することは出来ない。
それが逃れられない事実でも。
エドワードは固くシーツを掴み、目を閉じたまま歯を食いしばる。
まぶたの裏で、黒く白く光が交錯する。
痛くてもいい。そのまま来て欲しい。
ここで腰を引かれると、さらに痛みが増すことをエドワードは知っている。いや、今それを思い出したのだ。

───こんなところまで来ても、オレはオレのことしか、考えられない。

その、自らの冷めた心の一片が悔しくて、エドワードはさらに歯を食いしばる。
アルフォンスに、もっと快感を与えてやりたい。
「エドワードさん。返事して。無理しないで」
頭上から降ってくる、壊れそうに苦しげな声に、エドワードは薄目を開けた。
「い、いから。そのまま、来て、くれ」

───おまえこそ無理、するな。

狭くにじむ視界の向こうで、アルフォンスが、本当に壊れそうに顔を歪めている。
歪んだその眉が、頬が、唇が。
好きだ。
そんな顔をするな。
もっとずるく、もっと汚く、もっと貪欲に、もっと非情に、おまえの望む通りに、オレを食い尽くしてくれ。
エドワードはもう一度息を吐く。
と、そっと身体を揺すられた。
さらに息を吐く。
揺すられる。
注意深いアルフォンスのその動きに、痛みを掻き分けて、覚えている遠い快感が、繋がっているそこから、エドワードの脳に駆け上ってくる。
揺すられ、勢いづいて、アルフォンスの欲望がいっそう深く後口を満たし、挿し貫いてくる。
何度目かの振動で、最奥近くを突かれた。
「ぁう、うっ」
突然の、雪崩のような痛みと快感に、エドワードは潰れた声でしか快楽を叫べない。
リズミカルな動きの中、アルフォンスが、エドワードの足を抱え直した。
さらに深く犯される予感に、エドワードの背に戦慄が走る。
痛みへの恐怖はゼロではない。
だが、駆け上がって来て全身に燃え広がり、はちきれる快感に、論理も、予想も、羞恥も全て焼き尽くされる。
「ん、う、う、」
次の律動は少しゆっくりと。
そしてその次に、思いきり最奥を突かれ、絶頂の感覚がエドワードの唇を裂いた。
朦朧とするエドワードの意識の中で、アルフォンスの動きが激しくなる。

おまえはもっと。
オレを、食い尽くせ。




経験はあるのかと、エドワードに訊くことは、とうとう出来なかった。
つい10分ほど前に眠りについたと思っていたのに、窓の外はもう明るい。閉めたカーテンの色が薄くなり、縁から発光している。
それは夏に向かうこの時期、夜が短いせいでもあるが、この時間感覚の狂いはそれだけが理由ではない。
ベッドの中、アルフォンスは未だに熱のひかない身体で、そっと半分ほど寝返りを打った。
そばのエドワードはまだ眠っている。
寝顔を見るのは二度目だ。あんなに見ないように、思い出さないように努力していた彼の顔が、こんなに近くにある。
寝返りのはずみで、長くそこらじゅうに投げ出されたエドワードの髪の先を、枕と頬の間に挟んでしまったが、エドワードは目覚める気配もない。
さらさらとした髪の触感が心地よくて、エドワードが目覚めないのをいいことに、アルフォンスは自らの頬の下に敷いてしまったその金の髪束を、そっと救出して指に絡めた。
絡める指越しに、傍らの寝顔を、さらに見つめる。
アルフォンスもさっきまで本当に深く眠っていたので、彼が昨晩うなされたのかどうか、確認する術はない。
だがそれだけ自分が深く眠れたということは、エドワードも夢に叫ぶことなく、静かに眠っていたのだろう。
彼が安らかに眠れたのは自分と寝床を共にしたからだ、という結論を出すほどに、アルフォンスは自信家ではなかった。
ゆうべ、エドワードは終始落ち着いていた。
時折、肌がこわばる瞬間はあったものの、アルフォンスが促さなくても、アルフォンスの稚拙な愛撫に応え、過剰に恥じることもなく、素直に快感を追おうとしてくれた。
だが息を乱していても、こらえきれない声を漏らしても、彼は心底では落ち着いていたのだと思う。
彼に嫌われてはいない。
それは、わかっている。
けれど、彼は他の誰かとこうした経験があって、覚えている肌の感覚を再現したくて「許可」をくれただけなのかもしれないという、一般的で低俗な想像を、アルフォンスは捨て去ることが出来なかった。
そして、エドワードは自分自身を見たくないと言った。
彼はひどく自己嫌悪していたのだ。
見慣れた空間にぽっかり空いた穴のような、彼のその感情に触るのが怖くて、アルフォンスはとっさに論点をずらしたのだった。
彼の自己嫌悪が、単なる羞恥から来ている可能性も、なくはなかった。
でも。けれど。しかし。
アルフォンスは、そっとエドワードの髪を人差し指から外した。
いつも、一番楽天的な方向へ思考を持って行けないのは、どうしてなのだろう。
頭の隅でエドワードの葛藤を感知しておきながら、衝動という言い訳を使い、彼の許可に甘えて、深く彼を思いやれなかった自分が、とても汚らしい人間に思える。
人間はみな罪びとで、神の教えをこうして無視している自分はさらなる重罪人なのだとわかってはいるが、今は神よりも、エドワードの気持ちを故意に無視してしまったことの方が、辛い。
その一方で、神の子イエスが姦淫を禁じ、どんな唯一の女性をも愛さなかったのが、わかるような気がする。
唯一を知ったが最後、それを完全に得るために、人はどんなことでもするからだ。
エドワードを好きなのはアルフォンスの一方的な都合であって、それはエドワードへの思いやりではない。
アルフォンスに好かれ、触れられて、エドワードは苦しんでいる。
それがわかっていて、アルフォンスは止めることが出来ない。
もう無理だ。
もう、エドワードの手を離すことは出来ない。
その身体を引き寄せたいのをこらえて、アルフォンスはエドワードの頬に手を伸ばした。
指先に味覚はないが、触れるたびに、甘味のようなもので指と知覚が満たされる気がする。
意外にも冷えているその頬の感触を、諦めきれずにさらに味わう。
指で唇の端を探ると、エドワードは寝息とは違う息をついて小さく首を振った。
しまった、とアルフォンスはあわてて指を退ける。
アルフォンスの焦りも空しく、毛布の下からエドワードの生身の腕がゆっくりと姿を現し、彼は親指の付け根で彼の唇を無造作に擦り、前髪をかき上げた。
寝息とため息と快楽の吐息を足して3で割ったような微風が、アルフォンスの頬にまで届く。
微風が通り過ぎないうちに、アルフォンスの目の前で、閉じられていたまぶたが、ゆるゆると重たげに押し上げられる。
軽く苦悶するように、エドワードは目を開けた。
アルフォンスは動けない。
「…お、はようございます」
こんな時、これ以外に何か気の利いたセリフがあれば教えて欲しい。
誰にともなく内心でアルフォンスは泣き言をつぶやく。
「…ああ。おはよ」
薄い闇の中で、エドワードの目が鈍く光る。
「…何時?」
光ったと同時に、それは時計を探すためにふいと視線をさまよわせ、あわただしい寝返りによってアルフォンスの視線の先から消えた。
「まだ、…早いですよ」

───だからもう少し寝ていましょう?

あっという間に目を逸らされたのが辛くて、アルフォンスは続きの言葉を口に出せない。
そのまま起き出していくのかと思ったエドワードの背中は、毛布から肩を出したまま、動かなくなった。
もう一度ここで眠ってくれるのか何か考えているのか、ゆうべのことを後悔しているのか、でもまだベッドを出ないでいてくれるなら毛布を掛け直してあげた方がいいんじゃないか。
悪酔いしそうな沈黙の中、アルフォンスはようやく肘をついて、ひどく重く感じる上半身を起こした。
起き上がって、喉に詰まる嫌な動悸をせき止めながら、向こう側を向いたままのエドワードを覗き込む。
「あんまり見るな」
言うなりエドワードはアルフォンスの視線から逃げるようにうつぶせになり、枕に顔を埋めた。
そう言われると余計に不安になる。
「…あの…」
「あ…りじろじろ見……ら、オレはあっちの…屋に帰る」
彼の声はくぐもって、よく聞き取れない。
「あの…ごめんなさい」
無慈悲な沈黙が続く。
アルフォンスがもう一度謝ろうと吸気した時、静止していたエドワードの剥き出しの肩がぐるりと動いた。
仰向けになった彼に突き刺すように見上げられる。
「マジメに取るな。……この、バカ」
一対の金の瞳は泣き出しそうに潤んでいる。
暗がりの中でも、エドワードの頬が色を変えているのがわかった。

───顔が、赤い?

アルフォンスはひっそり決意した。
照れている彼を、もう一度抱き締めて、窒息するほど口付けて、気がおかしくなるほどに繰り返し犯してしまいたいと思ったことは、この先も、これからも、絶対に彼には告白しないでおこう、と。 



歓喜とざんげは表裏一体だ。
この世に耐え切れない悲しみがあることは想像していたけれども、耐え切れない喜びがあるとは知らなかった。
アルフォンスは、エドワードの染まった頬に指を添え、覆い被さりながらそっと口付けた。
神の子は、この耐え切れない喜びを、欲しいと思ったことはなかったのだろうか。




その日のアルフォンスは朝から別人だった。
けむる短い金髪に碧眼、必要以上の筋肉はついていないが細くもない中肉の身体、礼儀正しさと几帳面さと柔らかい笑顔はいつも通りのアルフォンス・ハイデリヒだったが、その日の彼は、研究室の仲間と言葉を交わしても設計図を広げても新たなる試作ロケットの構想を語っても、どこかふわふわとうわの空だった。
「早いんだね、おはよう」と、ヨゼフはアルフォンスから二度にわたって朝の挨拶をされ、そのまま呆けていたらしい少年は、ロケットの足場の解体作業中にスパナを自らの足の甲に落とし、加えて午前中の休憩時には新しい設計図の下書きにコーヒーをぶちまけた。
「あ」
「ああ!」
「うわ」
思い思いの姿勢で作業台を囲んでくつろいでいた仲間たちは、立ち上がったり、モップを取りに走ったり、ひらひらと重なり合っていた他の設計図を茶色い洪水から救出しようと引き寄せたり、上を下への大混乱だ。
「アルフォンス」
喧騒の中、こげ茶色の液体に浸された作業台と設計図を前に、呆然と立ち尽くしているアルフォンスの背後から、険しい声が投げつけられる。
その声にすくみ上がったアルフォンスは、錆びついたブリキの玩具のようにぎこちなく振り向いた。
険しい声の主は、猛獣の目にも似た明るい色の瞳を、やはり険しく曇らせている。
「火傷は!」
アルフォンスのケガを疑ってくれているらしいその声は、最低に低い怒号だ。
ひそやかな怒号と共に背後から乱暴に腕を引かれ、アルフォンスは数歩後方によろめいた。床にまでこぼれたコーヒーを勢いよく踏みつけてしまい、黒い小さな飛沫が、靴の先で湿った音を立てる。
「大丈夫……、です」
エドワードに腕を預けたまま、アルフォンスは抵抗も出来ない。毎日ほのぼのと見下ろしていたエドワードのまつげが、今日はいっそう長く妖艶に思えて、あわてて反対側の床へと視線を逸らす。
慣れれば、どうということはないのだろうが。
数時間前まで同じベッドで眠っていた人物と公共の場で触れ合うのは、まだアルフォンスにとって重大な試練だった。
にもかかわらず、エドワードはアルフォンスの腕を離さない。
「すみません、離してもらえま…」
蚊の鳴くような要望を言い終わらないうちに、エドワードの手のひらが宙を舞い、その指先を揃えて、アルフォンスの額にぴったりと押し付けられた。
目の前でひらめいた手のひらの冷たさに驚いて、アルフォンスは言いかけた言葉と息を飲む。
長いまつげをきっちり一度しばたいて、やはりこれ以上なく険しい表情で、エドワードはこちらを見上げて来た。
「…おまえ。熱があるぞ?」