星は辺りに雨と降り -7-
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こんなクラシックな「封筒」を、久しぶりに見た。
グリップにつかまって、無重力の通路を進みながら、ライルは片手でその封筒を裏返し、また表に返す。
トレミーの通路の天井に向かって、ふわりと浮かび上がりそうになるそれを、指二本でいまいましく挟み止める。
紙の封筒に収まった手紙を手にするのは、子供の時以来かもしれない。
いや、カタロンのエージェント時代に数度、あったかどうか。
封筒は少しだけ膨らんでいて、中身が紙だけでないことがわかる。
厚みとしては、ほんの一センチといったところか。
中身が何なのか大変気になるが、開封することはできない。
これは、ライル宛ての手紙ではないからだ。
今朝、トレミーに搬入された補給物資の中に、この封筒が含まれていたらしい。
───「刹那宛てだそうだ。渡しておいてくれ」。
補給の担当者から物資を受け取ったラッセが、そう言って預けてきた。
フラッグで発進した刹那はまだ帰投していない。
ほんの三日前に入手した、フラッグの点検飛行のために、トレミーはこの宙域にとどまっている。
刹那の訓練と、フラッグのカスタマイズを同時に進めていくと聞いたが、イアンの過労が心配だ。
ダブルオーの後継機の開発は一段落したのだろうか。
ぼんやり考えながら、ライルは刹那の部屋へと向かう。
刹那が留守でも、彼の部屋にこの手紙を置いておけばいい。
彼の部屋のドアの暗証番号を、ライルはずっと前から知っている。
自室に無頓着な刹那が、暗証番号を変えたりしないことも知っている。
通路の角を曲がると、見慣れない人間が、刹那の部屋の前に立っていた。
「…おい。誰だ?」
見たこともない、真っ黒なパイロットスーツの人物に、思わず声が険しくなる。
このトレミーに、侵入者などほぼありえないはずだが。
胸に浮かんだ冷気は、すぐにライルの中で溶けた。
振り向いたその人物は、刹那の顔をしていたからだ。
「……なんだ。おまえかよ」
黒いパイロットスーツを着た刹那の前にトンと降り立って、ライルはこれ見よがしに手紙を刹那の鼻先に突き出した。
「この間の彼女からラブレターだってよ。モテる男はつらいねぇ?」
予定よりもずっと早く帰投していたらしい刹那は、疲労の色もなく、きょとんとライルを見上げてくる。
「この間…?」
「おまえが護衛したエージェントの彼女だよ。個人的なプレゼントみたいだぜ」
エージェントと連絡を取る時の、端末のアドレスは基本的に使い捨てだ。
よほど個人的な関係を結ばないと、ソレスタルビーイングの構成員同士で、恒常的な連絡を取り合うことはできない。
小型爆弾や毒物による暗殺を防ぐために、トレミークルーへ個人的な物資を送ることは制限されている。
面識の乏しい人間からの贈り物を、うかつに受け取ってはいけないのだ。
しかし、この間の人質騒ぎで、刹那とファン・シェンイーの関係は、局所的に知れ渡ってしまった。
規則としてはギリギリのところから、この手紙は送られてきている。
眉一つ動かさずに、刹那はライルからそれを受け取った。
「中に何か入ってるぜ。見せてくれよ」
ニヤニヤと学生のノリで冷やかされても、刹那の表情は変わらない。
封筒の署名を一瞥して、ライルをもう一度見上げて、刹那はドア横の解錠パネルに指を滑らせた。
ほんの二秒でドアが開く。
「入ってくれ」
言うなり、すいと自室へ入ってゆく。
その情緒のなさにライルは短く苦笑いして、後を追った。
室内を歩きながら、刹那は持っていたヘルメットを空中へ手放し、パイロットスーツの襟元のファスナーを無造作に引き下ろして、ベッドにふわりと座り込んだ。
封筒が紙の破砕音と共に開封される。
それと一緒に、刹那の腹までめいっぱい下ろされたファスナーの金具が、彼の腹筋に触れて小さな音を立てる。
これまた黒いインナーに覆われた腹筋に目が行ってしまい、ライルは黙って立ち尽くす。
───誘って…んのか?まさかな。
別人のよう、とまでは言わないが、いつもと違うパイロットスーツを着ている刹那は、どこかイメージが新鮮だ。
フラッグとガンダムではコクピットシートの構造が違うので、いつもの青いパイロットスーツでは間に合わないのか。
それとも「カモフラージュ武力介入」を、コクピット内からも完璧にするためなのか。
よくわからないが。
要は、「黒がよく似合っている」のだろう。
刹那が、封筒の中から何か取り出した。
取り出したものを手のひらで軽く握り込んだまま、同封の手紙を広げて読んでいる。
「で、なんだって?」
のぞき込むと、数秒の沈黙の後で、刹那の指が手紙をたたんだ。
「…特に何も。この間の礼だと、書いてある」
「何も、って。手に持ってるだろ、それ」
「皮膚を保護するクリームだそうだ。手錠の痕を気にしてくれているらしい」
握り込めば手のひらに隠れてしまう、小さなチューブ容器を、刹那は手紙と一緒に封筒の中へねじ込む。
「……塗ってやるよ。手首、見せてみろ」
「いや。自分で、」
言いかけて、ふと刹那はライルを見上げてくる。
本当に珍しく、ライルの意図をほんの少しだけ理解したらしい赤褐色の瞳は、ライルと視線を合わせたかと思うと、またすぐにうつむいた。
そのまま黙って封筒を手放し、刹那は左手のグローブを外したが、パイロットスーツの袖口はしっかり手首を覆ったままだ。
「それじゃ見えねぇな」
笑って刹那の肩をつかみ、中途半端に下ろされていた胸元のファスナーを、ライルは乱暴に最後まで引き下ろす。
「脱がせてやるよ」
引き下ろしたそこは刹那の急所だ。
インナーの上からその膨らみを握りしめてやると、刹那は抵抗もせず、震えながら息を吐いた。
「袖、引っぱってやるから…腕抜けよ」
急所をゆっくり揉みながら、ライルは刹那の肩からスーツを引き剥がす。
インナーだけになった両肩を震わせながら、刹那は両腕をスーツの袖から抜いた。
刹那をベッドに貼り付けるように、ライルはのしかかる。
宙に浮かぼうとするお互いの身体を固定するために、両手でシーツをつかんで腕の中に刹那を閉じ込めると、嗅ぎ慣れた刹那の匂いが、ふわりと鼻先に上ってきた。
頬に刹那の鎖骨が触れる。
鎖骨のずっと下の方で、規則正しく彼の心臓が拍動している。
───あの時。
輸送艇を狙い撃ったあの時、ほんの一ミリ、ライルの指の動きがずれていたら、あのどうにもならない感情を指先に込めてしまっていたら、この拍動は、サバーニャのライフルの圧縮粒子に分解され、ここにはなかった。
どれほど「進化」しようと、この男の身体が鋼鉄のように硬くなるわけではない。
膨大な圧縮粒子なぞ発射しなくても、ほんの一発、この身体の急所に小さな弾丸をぶちこんでやれば、この拍動も、刹那という存在も、すぐに消えてなくなるのだ。
いつでも、彼を消そうと思えば消せた。
何度も消そうと思った。
息苦しさが、ライルの喉元へ駆け上がってくる。
苦しすぎて、もはや恐怖だ。
しかし、刹那を起点に生まれてくるその苦しさは、今までさんざんライルが喉の奥に押し込んできたものとは少し違っていた。
突然のことで、どうしたらいいのかわからない。
───兄さん。あんたなら、あんたは、こんな時どうしてた?
凶悪な亡霊みたいな、壊れぞこないのあの太陽炉をぶっ壊しても、あんたの気が全部すむわけじゃないだろう。
失くしたものは戻らない。
刹那の過去は消えない。
───でも、おれは。
唇に、自分のものとは違う体温が伝わってくる。
還ってこない兄の返答を考えることをやめ、ライルは舌先を刹那の胸元に這わせる。
インナーの上から刹那の胸筋に歯を立てても、内臓を刺すような苦しさはなくならない。
「は、…」
刹那が吐息をもらす。
弾力のある肉は、この歯の下で脈打ち、湿った痛みに身じろいでいる。
───よかった、と。
打算でも、義務感でもなく、自分の中の理性に命令されたわけでもなく。
ミッションのためでもなく。
フェルトのためでもなく。
トレミークルーのためでも、ソレスタルビーイングのためでもなく。
よかったと、今。
自分はそう思っているのだ。
生きていてくれて、よかった。
はちきれんばかりの息苦しさの中で、ライルは目尻を刹那の胸元に押しつけた。
目尻からこぼれてしまったわずかな水分は、刹那の黒いインナーに浸みとおって、どこへともなく消えた。
剥き出しにされた胸元が、ただ熱い。
ゆっくりと乳首を舐められるたびに、刹那の下半身がきりきりと痛んだ。
いや、痛いというのは錯覚だろう。
ライルの手に揉みしだかれて、インナーの中で急所が膨れ上がっているだけだ。
「ふ、ぅ…」
いきなり乳首を吸い上げられ、刹那はベッドシーツをつかんでのけぞった。
一応ベッドの上ではあるが、無重力の中で身体は微妙に浮き上がったまま、ライルに抱え込まれている。
両袖を抜いただけで、まだパイロットスーツは着たままだ。
ライルもまだ、刹那のインナーを脱がせようとしない。
膨れ上がったそこを、もうこれ以上濡らしたくない。
濡れたインナーごとそこを握られ、親指で亀頭を弄られる。
「ぅ、あ!」
また濡れてしまう。
「もう脱ぎたい?」
ライルは相変わらず笑っている。
声のトーンは高くなく、彼は刹那の胸元に顔を埋めたきりで表情もわからないが、なぜか、笑っているのがわかる。
その笑顔から逃れるように、刹那は目を閉じてうなずいた。
赤面しているのか、昂ぶりが苦しいのか自分でももうわからない熱の中で、ライルの手を押しのけて、インナーから自分のペニスを抜き出す。
硬くいきり立ったものがピン、と音を立てて布をはじき、さらに刹那の顔面の熱が増した。
「おいおい。ちょっと胸元舐めただけだぜ?」
あきれたように、今度は剥き出しの亀頭をつつかれて、刹那の腰が震え上がった。
ちょっと、と言うにはずいぶん執拗だったと思う。
両胸と急所を同時に弄られ続け、刹那の身体だけが焦らされて、熱をため込んでいる。
何の力も込めずにゆるゆると弄られるだけで、こんなに身体に熱がたまるのが、どこか薄ら寒い。
まだ、後孔にすら触られていないのに。
「どうする?どうしてほしいか言ってみろよ」
ライルは本当に楽しそうだ。
刹那がフラッグで発進した後、ライルも万一の事故に備えて、パイロットスーツのままトレミーで待機していた。
今、ライルはグローブを取っただけで、自分のスーツのファスナーすら下ろしていない。
あられもない格好で下着をずらし、張り詰めたペニスを持て余しているのは、刹那だけなのだ。
このまま一人で、楽になる方法がわからない。
「…言えよ。言えば、なんでもしてやるから」
自慰よりも、ずっと大きな快楽を得る方法を、刹那はもう知っている。
欲しがることは、罰されることだ。
その罰さえも欲しい自分が、獣のように、こうして息を荒げている。
この身体は欲に抗えない。
いや、ライルを欲しがることに抗えない。
「この間みたいに手でやるか?フェラは、ちょっと自信ねぇけど」
何の感情も抱いていない相手であっても、巧みに性器を弄られれば、この身体は勝手に熱を覚えて射精するようにできている。
が、そうでない「セックス」が存在するのだ。
ライルの存在が、それを教えてくれた。
そうして、刹那の真の要求はライルによって叶えられても、ライルの真の要求を、刹那は叶えてやることができない。
「…それとも、自分でしながらおれに犯されたい?」
それなのに、なぜライルはこんなにも満足げに、刹那の身体に触れ続けるのか。
身体にたまりすぎた熱で、思考が途切れる。
「言え。刹那」
身体が熱い。
唇を動かすのもつらいほどだ。
ようやく出た声は、ひどくかすれた。
「………犯され、たい。おまえに」