ホープレス・サポート
「よう」
格納庫の、キャットウォークの彼方から、緑色のヘルメット片手に、ライルが声をかけてくる。
彼は、ややゆっくりした動きでデュナメスリペアのコクピットシートから立ち上がり、キャットウォークに降り立った。
「ケガはないか」
ライルに歩み寄り、刹那が問うと、ライルはにっこりと笑った。
「ねーよ」
瞬時に嘘だとわかったが、刹那はその嘘の冷たさを、自らの肺の底にねじ込んだ。
「そうか」
それだけ言って、格納庫の入口へと踵を返すと、何事もなかったように、ライルの足音も背後からついてくる。
さっきの出撃で、ライフルを連射したデュナメスリペアは、連射の反動で足元のバランスを崩し、岩場から数百メートルほども滑落していた。ハロの姿勢制御もあってコクピットの内外に損傷は見られないが、中にいたライルの身体には相当の衝撃負荷がかかったはずだ。
キャットウォークを歩きながら、刹那は背後のライルの足音に聴覚を集中させる。
足音は、わずかに不自然だった。
ライルの左足の動きが鈍い。
左右で同じ音量であるべき靴音が、わずかにバランスを欠いている。
左半身のどこかを傷めたのだろう。
だが、それを指摘すれば、ライルはもう刹那に笑んでくれなくなる。
ライルが刹那に笑んでくれるのは、こうして嘘をつく時だけだからだ。
「何やってんだ?」
背後から、あきれたような声が飛んでくる。
刹那はびくりとライルを振り返った。
「ここ、オートじゃ開かねぇってさっき出る前に言われたろ?手動だよ、手動」
ソレスタルビーイングの慢性的な資金難と人員不足で、特にこの、地上拠点の設備は老朽化が進んでいる。古くなったドアが不具合を起こしても、直ちに修理する余裕がないのだ。
それを忘れていた。
平静を装い、開かない格納庫のドアに手をかけて、刹那はそれをスライドさせた。
格納庫から居室へ続く通路へ足を踏み入れたとたんに、いきなり肩をつかまれる。
「なんかボーッとしてんなぁ?」
刹那の肩をつかんだライルの手は、避ける間もなく刹那の口元に伸び、ぐいと乱暴に顎を上向かせる。
すぐ目の前で、碧の目がまた、それはそれは優しく笑んだ。
「キスされると思った?」
優しく冷えきった笑みに、また肺を射抜かれる。
刹那は硬直し、すぐに諦めて脱力した。
ククッ、と喉の奥を鳴らしてライルがまた笑う。
「わりーな。今日はあんまノらねーわ」
ニコニコと侮蔑の眼差しを向けて、ライルは刹那の顎をあっさりと解放した。
そこから振り向きもせず通路を歩いてゆく。
その後ろ姿を、刹那は黙って見送った。
ついて来るな、と冷たく咆えるライルの感情が、狭い通路いっぱいに満ちあふれていた。
居室に戻り、パイロットスーツを脱ぎ捨て、刹那はすぐにシャワールームに踏み込んだ。
水栓スイッチに手を伸ばしかけて、ふとやめる。
ついさっきライルに触れられた頬に、ライルの指の感触が残っている。
正確に言うと触れられたのは頬ではなく顎だったが、顎に近い場所から、何かが這うような熱が広がってきて、頬も額もじくじくと熱い。
この種の熱を治めるのに、水を浴びるよりもっと有効な方法があることを、刹那はよく知っている。
狭いシャワールームの壁にもたれたまま、刹那はうなだれた。
視線を落としたその先に、いまいましく膨張し始めた自分のペニスがある。黒い性毛の根元から、それはくっきりと持ち上がってくる。
ライルは医務室に行っただろうか。
それがただ気になる。
───「わりーな。今日はあんまノらねーわ」。
ライルの声が、耳の中で響く。
ライルの体調を気にしているようで、刹那の実の思考は全く別のところにある。
その自覚に目の前が暗くなるが、その絶望が、じくじくと果てしなく、熱を呼び集めて止まらない。
帰投直後に、ライルに何度か抱かれたことはある。
武力介入が成功した時も、失敗した時も、ライルの行為は一方的で荒々しく、ストレスの発散、としか言いようのないものだった。
だが、それでよかった。
今日は、ライルは刹那を抱きには来ない。
彼はケガを隠したいからだ。
帰投後に、ケガはないかと問うと、ライルはいつも無愛想に「ねーよ」としか言わない。
今日のように、傷を隠す場合を除いては。
───「キスされると思った?」
その笑みが、どんなに冷たくても、それでよかったのだ。
かすかに湿った壁にもたれ、右手で刹那は自らのペニスを握りしめる。
既に膨張していたそれを握りしめただけで、下肢を駆け抜けるように、熱が広がってゆく。
耐えられなかった。
指にあまり力を入れずに、根元からカリ近くまでを、ゆっくりとさするように扱き始める。
カリにはまだ触れない。
最初から触れてしまうと、吐精までにかえって時間がかかる場合があるからだ。
刹那の思考の中のライルは、やはり刹那に何かを隠しながら笑んでいる。
優しい言葉をかけてもらおうなどとは思わない。
笑みながら罵られ、射殺されても構わないのだ。
───「なあ。刹那」。
耳元でライルがささやいてくる。
なあ刹那。
みっともねぇな。
おれの声だけで、そんなになってんのか?
思考の中のライルが、背後から刹那を捕まえて、浅ましい動きを続ける刹那の右手に、彼の右手を被せてくる。
───「まだ足りねぇんだろ?」。
ほら。もっと力、入れろよ。
優しくて残酷な声に、刹那のそこがいっそう熱くなる。
その熱さに、そこを扱く刹那の指関節が、する、と事故的にカリに当たる。
瞬時に脳まで駆け上がった快感に、刹那の腰が震え、壁と密着していた臀部が、みちり、と湿った音を立てた。
まだ、だめだ。
そう自分を叱っても、扱く速度を緩めることができない。
馴染みすぎた絶望に、身体の奥が痛む。
だがもっと絶望的なことに、その痛みは、刹那の下腹の内側でのたうちながら、そのまた下のペニスへと、安直すぎるほど安直にしみ込んでゆく。
もう一度指がカリに当たると、痛みはわかりやすい快感になった。
触れてしまったその先端は、もう濡れて、鈍く光を溜めている。
───「イヤラシーなぁ。ちょっと、早くねぇ?」
でも、そんなに欲しいんなら、手伝ってやるよ。
思考の中のライルの声は優しい。
違う。
ライルは、こんなことは言わない。
こんなことも、しない。
刹那が最後の気力で念じても、刹那の手の動きは止まらない。
───「ほら。ヨくしてやっから、腰上げろよ」。
一番欲しいのは、これだろ?
壁に着けていた尻を浮かせ、刹那は膝から床に崩れ落ちた。
ずっと腿を掴んでいた左手で後孔を探り、中指をそこに突き立てる。
「…はッ、…!」
床についた両膝をあられもなく開き、ライルにいつも貫かれているそこを指で探って、背後の彼に尻を差し出すように、刹那は上体を折った。
右手の中で繰り返し締め上げるペニスは反り返って、先端がもう臍に触れそうだ。
───「気持ちいいか?」
もっと欲しいだろ?
中指に加えて、人差し指を突き入れる。
湿ったペニスに負けず劣らずの水音が、孔の底で鳴った。
「は、アッ、」
───「イイだろ?ほら、もっと、」
水音をその二本の指に絡めるように、刹那は後孔をかき回す。
───「もっと、」
かき回す左手に気を取られて、ペニスを扱く右手の動きが止まってしまうが、既に何度も激しく扱き上げられたカリは、濡れそぼって、刹那の指の中で震えている。
───「もっと、」
後孔の指が、内壁の小さな一点に触れた時、刹那の腰がけいれんした。
───「もっと、犯してやるよ」。
目の中で、薄紫色の火花が散る。
腰が、ただ震えた。
震えは背筋を伝い、はちきれそうにペニスを焼き、そこから熱がほとばしる。
「……ッ、……は……」
精液が、床に吐きつけられて小さな音を立てた。
一気に吐き出したその後に、けいれんに合わせて揺れるペニスが、断続的にしずくを落とし続ける。
目を閉じていても、精液の匂いが、かすかに鼻先に迫ってくる。
その忌まわしい匂いを耐えて、刹那はようやく後孔から、二本の指を引き抜いた。
ぐぷ、と奇妙に高い音を立てて、後孔が元通りの空洞になる。
だがそこは、ここにはいないライルに深々と犯されたまま、まだ熱い。
力を失ったペニスを先端までそっと扱き上げると、醜悪なほど温かい残液がにじみ出し、ぬるりと刹那の指を濡らした。
膝に力が入らない。
さっさと立ち上がらなければいけないのに、熱い後孔はひくひくと収縮を繰り返し、ライルを求め続けている。
耐えられず、刹那は床に両肘をついた。
こめかみから、汗がひとしずく落ちて、床の精液と混じり合った。
───まだ。
こんなにも、何も鎮まらない。
一度も経験したことのない長い熱に、刹那の指が小刻みに震える。
淫らに濡れそぼった指は、床の上でおぞましい虫のようにうごめき、最後の力を溜めた。
───まだ、足りない。
床に這ったまま、刹那がもう一度後孔を探ろうとした時、遠くで電子音が聞こえた。
誰かが、この部屋を訪ねてきたのだ。
シャワールームのドア越しに、古いインターホンから、微弱な雑音と、いとおしい声が聞こえた。
「刹那?おれだ。入るぜ?」