ホープレス・アイズ



気が変わった。
ライルは自室のベッドから立ち上がる。

ついさっきのミッションで、デュナメスリペアがバランスを崩した時、コクピットの中のライルにもひどい衝撃が伝わった。
重力下での戦闘が久しぶりだったとはいえ、無様としか言いようがない。
ハロの姿勢制御もあって、岩場を滑落したデュナメスの損傷は本当に軽かったし、ライルもコンソールパネルの裏に左膝をぶつけた程度で、大きなケガはしていない。
膝の痛みは、地上拠点の格納庫に着く頃には、ほぼおさまっていた。
だが、格納庫のキャットウォークに降り立った時に見た、刹那のあの顔が気に入らない。
他の人間にはいつもの無表情に見えるのだろうが、ライルにはわかる。
ライルのミスも指摘せず、ただひたすらライルの身を案じ、ケガはしていないと言うライルの小さな嘘も見破れないフリをして、平静を装う刹那のあの顔が本当に気に入らない。
気に入らなさすぎて、イライラと腹を立てながら自室に戻ったものの、ベッドに腰掛けても、煙草で一服しても、気分の悪さはまったく良くならない。
しばらく刹那の顔など見たくないと思っていたが、気が変わった。
煙草をサイドテーブルの灰皿に押し付け、ベッドから立ち上がって、ライルはパイロットスーツから、ラフなTシャツとジーンズに着替えた。
どうせ刹那の部屋ですぐ脱ぐのだから、下着姿でなければなんでもいいのだ。
仮住まいの部屋の壁面コンテナを開け、詰め込んでいた私物をかき分けて、かろうじて残っていたコンドームのパッケージをバラバラとつかみ出し、それを無造作にジーンズのポケットに突っ込んで、ライルは自室を出た。




「刹那?おれだ。入るぜ?」
インターホン越しに室内に声をかけても、返答はない。
ライルは構わず暗証番号を打ち込み、ドアの開閉ボタンを押した。
以前から、何の抵抗もなく刹那は自室の暗証番号をライルに教えてくれている。
ライルにとっては便利なことこのうえないが、刹那のその無抵抗さまでが、今日はひたすら腹立たしい。
静かにスライドして開いたドアの中にずかずかと踏み込むと、室内は無人だった。
どこへ行きやがった、と腹を立て直した瞬間に、水音が部屋の奥から聞こえ始める。
シャワールームにいてくれるのなら本当に都合がいい。
気を取り直して奥へと歩き、ライルは半透明のシャワールームのドアを乱暴にこづいた。
「刹那!おれだ。出てこいよ」
水音はなかなかやまない。
もう一度ドアをこづくと、やっと静けさが戻り、中からドアが空いた。
刹那を引きずり出そうとして、ライルはその場で固まる。

───なんだ、こいつ。

背中を丸め、半透明のドアの縁をつかむ刹那の指には不自然に力が込められ、爪先が白い。
そして目が、濁っている。
ついさっきまで、嫌味なくらい涼しげだったそれが、泣きわめいたようにどんよりと充血している。
あんなにしらばっくれてこちらの機嫌をうかがっていたまっすぐな視線も、あとかたもない。
こいつが泣きわめくはずなどない。
万が一、いや億が一に泣きわめいていたとしても、刹那を気遣う心づもりなど、今のライルにはまったくない。
「早く拭いてこいよ」
濡れそぼったままの刹那に言い捨てて、ライルはきびすを返し、刹那のベッドに戻って腰掛ける。
会話など必要ない。
ライルが刹那の部屋に来る理由はひとつだけで、それはとっくに二人の習慣になっている。
ベッドの上に、ポケットから出した小さなパッケージをぽいと投げ出せば、何の駆け引きも、ご機嫌うかがいも必要ない。
ようやくライルのところにやってきた刹那は、もちろん全裸だ。
「舐めろよ」
何を、と指示する必要すらない。
腹が立ちすぎて、今日は前戯をする気になれない。
力のない目つきのまま、刹那はひざまずき、ライルのジーンズの前を広げて、その下着の中からペニスを取り出した。
張りつめる前から大きいそれを、無駄のない手つきで握り込み、口に含む。
ぐぷっ、と粘った水音が鳴る。
その舌の熱さに、ライルの肩がぶるりと一度だけ震えた。
発熱でもしているのかと刹那の前髪をかき上げてみたが、彼の額はどうにか平熱を保っている。
最初から、いやにきつく唇を絞められて、いつものリズムがつかめない。
太い肉茎の根本から先まで、舌の全面を使って、刹那が舐め上げてくる。
ジュッ、ジュッ、とすぐにリズミカルに刹那の頭が上下し始め、ライルは呻きたくなるのをあわててこらえる。
「お、いっ…」
なに急いでんだよ、とたしなめる声は、急激な快感にあっさり飲み込まれた。
前戯を省略したがったのは自分なのに、急すぎる展開についていけない。
「おい!」
やっと刹那の頭を両手でわしづかみ、ライルは荒い息をついた。
わしづかんだ頭を膨張したペニスから引き剥がすと、また、ぐぷっ、とそこが鳴る。
肩を上下させて、ライルのペニスを右手で握ったまま、刹那がこちらを見上げてきた。
刹那の唇の真ん中を、唾液が一筋流れ落ちてゆく。
濁った赤褐色の瞳が、悲しげとも、不満げとも思える表情で、ふらりと揺れる。
ライルの下腹に、見えない衝撃が伝わった。
刹那に握られたままのペニスが、グン、と限界を越えて膨らむ。
「そんなに早く、おれに、挿れて欲しいわけ?」
思わず尋ねる。
上がる息が、自分で悔しい。
濁った赤褐色の瞳は、静止し、揺れ、また静止して、とうとう観念したように視線を逸らして、うなずいた。
ライルの下腹に、さっき以上の衝撃が伝わる。
ライルは刹那の肩を突き飛ばした。
こちらに下半身を向けて倒れた刹那のペニスは、既にやんわりと勃ち上がり、白く光るほど濡れている。
「…さっさとベッドに上がれ」
低く吐き捨てて、ライルは着ていた服を脱ぐと、立ち上がってきた刹那をベッドに引き倒した。
足を開かせ、濡れた睾丸をズルリと撫で上げてやると、先走りの粘液がペニスの先からまた漏れ落ちる。
歯を食いしばり、仰向けに喉を反らして、刹那は欲望を耐えている。
常日頃、愛撫にも挿入にもそれなりに反応する彼だが、今日はどこか行きすぎている。
睾丸を包む指をずらして、ライルは刹那の後孔に触れた。
「……っは、ァ……」
びく、と腰を震わせた刹那を押さえつけて、孔に指を挿し入れる。
「う、ぁ……!」
そこはあまりにも熱く濡れ、ほてっていた。
入り口からかなり奥まで、もうすでに相当柔らかい。
まるで、今しがたまで大きな肉茎を受け入れていたかのようだ。
ライルは混乱する。
「どういう風の吹き回し?今日はずいぶんココ、使い込んでんなぁ?」
ぐり、と肉壁の中で指を回すと、刹那の腰がまた跳ねた。
「ミッション続きでクッソ忙しくても、他のヤローに挿れてもらう時間と体力はあるわけだ。イノベイターってのは末恐ろしいな」
間近で刹那を見下ろすライルの唇に、苦しげな吐息がかかる。
「ち、ちが…うっ……」
「違うならなんなんだよ、このケツの具合は」
「さ…さっ…き、」
「さっき?」
「さっ…き、自分、で…」
「は?」
「自分で、拡げて、いた」
ライルは再び固まる。
なぜか考えもしなかった理由を突きつけられて、失くしていたパズルピースを見つけたかのように、思考が一瞬にして道筋を得る。
得るが早いか、ライルは二本目の指を刹那の後孔に突き立てた。
「ぅあっ!」
突き立てて、深く撫でさする。
何度か関節を曲げると、刹那の悲鳴と共に、ライルの下腹に硬いものが触れた。
内壁を撫でられるたびに、勃ち上がった刹那のペニスが硬度を増し、あらぬ角度で揺れているのだ。
「挿れる前からびしょ濡れかよ…」
ぼやいて身体を起こし、ライルは空いている片手でコンドームのパッケージを引き寄せた。
端を歯で噛んで引っ張り、開封する。
「あんまりシーツ汚すとここで寝れなくなるからな?」
言い聞かせるようにニヤリとつぶやいて、まだ後孔の中にある指をそっと動かす。
「あ、あ……っ」
「ほら。ヨがってねぇで。自分でコレ着けろよ」
今までずっと「コレ」はライルが着けていたが、本当に気が変わったのだ。
斜めに封の開いた、小さなパッケージを刹那の鼻先にぶら下げてやると、今までシーツを握りしめていた手が、震えながらそれを受け取った。
見下ろすライルの身体の下で、刹那の指がたどたどしく動く。
「早くしろよ」
急かしながら、ライルは孔の中に入れたままの指をぐいと曲げる。
「は!ぁ…!」
びくりと腰ごと跳ね上がり、刹那が喘ぐ。
「…ちゃんと着けたら、気がすむまで生で犯してやっから」
「……っ」
さらに震える刹那の指は、なかなか作業を終えられない。
もう待てない。
ゴムが刹那のペニスを半分以上覆ったところで、ライルは指を孔から引き抜き、刹那の両腿を乱暴に持ち上げた。
自らのペニスに手を添えたまま、刹那が息を飲む。
刹那の腿を裏側からつかみ上げて、中心の孔がよく見えるようにめいっぱい開かせ、ライルはそこへ、自分のペニスを押し付けた。
硬いその切っ先で、孔を撫で、濡れた陰嚢を撫でる。
早く挿れろと言わんばかりに、刹那がわずかに腰をくねらせる。
「がっついてんじゃねぇよ」
嘲って、ライルはようやくその孔にペニスをねじ入れた。
「…ぁ!」
ねじ入れていく深さに合わせて、刹那の声が大きくなる。
「ぁあ、あぁっ……!」
ズヌ、と孔の内側の肉が、ライルの先端を捉える。
刹那が全身を反らして、高く声を上げる。
息を飲んで、ライルはその奥へ、ペニスを打ち込んだ。
ゴムの被膜を介さない、初めての柔らかすぎる感触に、背中が冷たくなる。
ライルは肩を震わせて、そのひどすぎる快感を耐えた。
最初の快感の波と締めつけを耐え抜き、腰を打ちつけ始めると、いくらもしないうちにまた、猛烈な締めつけに襲われた。
「おい、ちょっとは、ゆるめ…ろ…!」
ずっぷりと後孔を犯したまま屈み込み、ライルは刹那の乳首を噛む。
刹那の喉が、ヒュッと鳴るのが聞こえた。
「!」
さらに締めつけられ、ライルは歯を食いしばった。
目尻に涙が浮かぶほどのギリギリの波を耐えて、上体を起こす。
刹那はのけぞったまま荒い息をついている。
勃っていた刹那のペニスは柔らかく彼の下腹に倒れ、ゴムに覆われた先端は白く変色していた。
もう絶頂を迎えてしまったらしい。
尻の孔をゆるめろとは言ったが、さっさとイッてさっぱりしろとは言っていない。
「ったく…」
孔の肉がゆるんだのをいいことに、また刹那の腿をつかみ直し、ライルは腰を動かし始める。
「はぅ、…ぁ、……!」
「そのままゆるめとけよ」
肉壁の熱さが、本当に心地よい。
このまま突き続けて一回目を終えるのもいいが、左膝に残った痛みが、快感の邪魔をする。
痛みも、痛みをまた刹那に悟られるのも、もうまっぴらだ。
何より、いつもと様子の違う刹那と、刹那の尻を、ぐしゃぐしゃになるまで心おきなく犯したい。
ライルは孔からペニスを引き抜いた。
荒い息のまま仰臥している刹那の両腕を引っ張って、強引に上体を起こさせる。
「おまえが自分で挿れろよ」
騎乗位なら、上に乗る人間の体重がかかる分、孔の奥まで突ける。
本当は後ろから挿れたいが、そうするとライル自身の足に負担がかかり、刹那のペニスも見えない。
ゴムをつけた他人のペニスの物珍しさに多少興奮していることは、自分でも否定できない。
刹那は自分で孔を拡げるほど、欲求をもてあましているらしいのだ。
上に乗って、今日の刹那はどのくらい動けるのだろう。
どさ、とライルはひとり、ベッドに寝転がる。
「来い」
一言吐いて、そばの刹那を見やる。
両手をシーツにつき、なんとか身体を起こしていた刹那は、濁った目のまま、仰臥したライルに這い寄り、その下半身にまたがった。
そのまま膝を立てて尻を上げ、勃ち上がったままのライルのペニスに手を添え、後孔に押し当てる。
「ふ!…っ…」
刹那が腰を沈める。
数十秒前まで太い肉茎を受け入れていた孔は、本当にスムーズに、再度それを受け入れた。
遠吠えのように顎を反らして、刹那が声を上げる。
ぶる、とライルの腰が震えた。
その震えを悟られたくなくて、ライルは下から刹那を数度、リズミカルに突き上げた。
「はっ!あっ!アッ!」
ぱんっ、ぱんっ、と音を立ててライルの腰がぶつかり、刹那の尻が弾み、鳴る。
湿った音と一緒に、内壁の肉がライルの先端をぐぷりと噛み、また快感が鮮明になる。
短い息をつきながら、今度は刹那が腰を上下に動かし始めた。
ライルは動きを止める。
動かなくても、刹那の肉が、ライルのペニスを深く、何度も捉えにくる。
捉えたペニスが抜けないよう、のけぞり気味に上体を反らして、刹那は尻をライルの腰へ打ちつけ続ける。
刹那と一緒に、ゴムと精液に覆われた彼のペニスも、一緒に揺れる。
揺れるうちに、それが太さを取り戻し始めたのに気づいて、ライルはぞくりとする。
恐怖とも歓喜ともつかないその感覚は、理論も認識も吹き飛ばし、荒れ狂う快感になって、ライルの四肢にまで響いた。
欲望をぶつけるだけだった相手から欲望をぶつけ返されるのが、とても不思議だった。
同じ人間なら、人間と人間がするセックスなら、それはごくあたりまえのことだが、この刹那のメンタルはあちこち壊れていて、常人が持っている感情をまったく持っていなかったりする。
性欲すら、本当に彼にあるのか疑わしいと思っていたが。
ほんの何十分か前、この男はライルのペニスを求めて、尻の孔で自慰をしていたというのだ。
耐えられない。
ライルはもう一度、下から刹那を突き上げた。
「はぅンッ!」
聞いたこともない嬌声を上げた刹那の、両手首を引き寄せる。
「手、握っててやっから、抜くなよ」
バランスの怪しくなった刹那と、恋人のように指を絡ませて、両手を繋ぐ。
彼の上体を手元で支え、ライルは仰臥したまま、これが最後とばかりに、激しい突き上げを繰り返す。
ぱんっ!
ぱんっ!
ぱんっ!
「あッ!あッ!あぁッ!」
刹那の尻が鳴るのに合わせて、刹那がさらに深く、リズミカルに腰を落としてくる。
その後孔の最奥の肉が、さらに口を開けて、ライルの先端を噛んだ。
これを、待っていたのだ。
パタ、と一滴、刹那の唾液がライルの胸元に落ちた。
その小さな液体の熱さが、ライルの限界だった。

───おまえが、欲しいだけ、いちばん奥まで。

突き刺して、肉の最奥へ、吐精する。
ライルの絶頂を悟ったのだろうか。
快感に閉じられていた刹那のまぶたが、薄く開いた。
金色の瞳が、絶望したようにライルを見つめ、またすぐに閉じられる。
反射的に、ライルは最奥をもう一度突き刺した。
「ヒ、ぁ────……!!!」
深々と刺さるペニスを受け入れ、逃すまいと、ライルの手を握ったまま刹那が腰をくねらせる。
締めつけられ、精液を限界まで搾り取られるような感覚が、ライルの腰をけいれんさせた。
そのけいれんと一緒に震えながら、刹那は最後にもう一度だけ喉を反らして、声にならない吐息で吠えた。




イノベイターが脳量子波を使う時、その瞳は金色に変色する。
脳量子波は、意思の疎通に使われることがほとんどだ。
刹那は、ライルの何を、そんなに知りたかったのだろう。
刹那の部屋でシャワーを浴びながら、ライルは考える。
セックスでうっすら疲れた身体は、ぬるめの湯を浴びてもまだほてりがおさまらない。
刹那はまだベッドに倒れたままだ。ライルの身体の上から崩れ落ち、起き上がることもままならないようだったので、ライルが彼のペニスのゴムを無理やり剥がしてやった。

───『たいした量だなぁ。そんなに気持ちよかったか?』

ゴムの口を縛りながら言ってやった時の、刹那の顔ときたら。
金色の目に、赤く染まる頬。
顔を蹴り飛ばしてやりたいのをこらえて、ライルはシャワールームに飛び込んだ。
腹が立ってしかたがない。
今までのセックスで、こんなことはなかった。
なぜ刹那の瞳の色が変わったのか。
刹那はまだ脳量子波のコントロールが完全ではない。それは知っている。
それでもなぜか腹が立つ。
当人がセックスに溺れて、精神が原始の獣に戻っている時は、脳量子波のコントロールも粉々になるということか。
それとも、刹那は何かの感情を、ライルと共有したかったのか。
何もわからない。
刹那に尋ねたくもない。
あの金色の目を見るだけで、全身がカッと熱くなる。
この熱さは怒りで、凶悪にみっともない好奇心で。
そして同時に、

───欲だ。ただの。

ライルは濡れた壁を殴りつけた。
怒りと好奇心だけで、人間はこんなに興奮できるものなのだろうか。
いまいましく膨張した自らのペニスから目を逸らし、ライルはシャワーを止めた。
持ってきたパッケージはもうひとつある。
濡れた額を前髪ごと乱暴にぬぐい、ドアを開けて、欲望の象徴を隠しもせずに、ずかずかと全裸のまま、ライルはベッドへと向かった。

憎い金色の瞳を、もう一度凌辱するために。