フレイアの子供たち -2-
L-side-2
しつこいノックで叩き起こされ、のろのろとベッドから這い出し、ドアを開けて、ライルは眉をひそめた。
午前二時。
寝室のドアを開けたそこには、珍しく帰宅した刹那と、それよりももっと長い間会っていなかった男が、並んで立っていた。
「よぉライル。いいとこに住んでんな~、おまえ」
何が起こっているのかわからない。
「……なんで、」
この二人が一緒にこの家の中にいるのか。
この二人について、いろいろ考えすぎたせいで、夢の中で夢でも見ているのだろうか。
「なんで兄さんがここにいるんだよ?てか、今までどこに行ってたんだよ?」
「ひでぇなぁ。おまえこそ全然連絡なかったじゃねーか。前のおまえんちに行ったら、引っ越したって大家さんに言われてさー。おれがどれほど途方に暮れたか…」
途方に暮れていたのはライルも同じだ。引っ越し好きで住所の定まらない兄と連絡を取ることは、いつも困難を極めた。
携帯端末のメールアドレスにメールを送っても、ニールからの返信はめったにないし、アドレスすらたまに変わる。
突然ふらりとライルの住む部屋に現れて数日入りびたり、仕事の依頼がきたと言ってはふらりと出ていき、何ヶ月も連絡がない。それが、ライルの知るニールの生活だった。
ニールの職業すらライルはよく知らない。
ニールにそれを尋ねるたびに、答えが違うからだ。
なので、この半年は連絡を取ることすらほとんどあきらめていた。
「いやー。ホントにたまったま、この彼に声かけたらおまえのこと知ってるっていうからさ。で、いろいろ訊いたら一緒に暮らしてる、とかって」
親指で隣の刹那を指しながら、ニールは本当に嬉しそうだ。
だが、ひっかかる。
ひっかかるので、ようやく覚醒してきたライルはニールに質問をぶつける。
「刹那に声かけた、って、どこでだよ?」
ニールはわずかに目を細めた。
ライルのよく知っている、困りごとをごまかそうとしている目だ。
ニールはライルから視線を逸らし、隣の刹那に短く問う。
「言っていいの?」
「かまわない」
「…ってことで。店の前で声かけたんだよ」
そう言って、しゃあしゃあとニールはライルに向き直る。
店、というのは刹那の勤め先で、刹那の勤め先で刹那はセックスを換金しているわけで。
ということは。
「あっ誤解すんなよ。おれはまだ何にもしてねーからな」
「でも、する予定、だったんじゃねーの?」
自分でも信じられないくらい低い声が出て、ライルは自分のこらえ性のなさに自分で絶望する。
「怒んなよ。っていうか、おまえらどういう関係なわけ?そういう関係なら、なんで」
「ルームメイトだ」
ニールの問いをさえぎって、刹那が答える。
「さっきも言った通り、ルームメイトなだけで、俺とライルに肉体関係はない」
もう少し、言葉を選べないのだろうか。こいつは。
「じゃあ、別におれが刹那に何しようが、ライルには関係ないだろ?」
かちんときた。
ルームメイトだと言い切る刹那にもなぜかかちんときたが、この状況で、のこのこ脳天気に現れた身勝手な兄の冗談を笑って受け入れられるほどライルはお人好しではない。
「まさか。おれの寝てるこの部屋の隣で、刹那とどうこうしようってのか?」
「静かにやれば問題ないだろ?」
それは、冗談にしてはあまりにも趣味の悪い開き直りだった。
───誤解だのなんだのぬかしてんじゃねぇよ。
兄が買春している部屋の隣でゆっくり眠れる弟が、そこらにゴロゴロいるとでも思っているのか。
怒りの中心がそこではないことを薄々自覚しながらも、ライルのいらだちはおさまらない。
周囲に愛想を振りまきすぎて疲れるのか、二人きりになるとニールはたまに、こういう非常に趣味の悪い冗談を口にする。子供の頃からそうだった。
だが、この状況で、「冗談」を言える神経がわからない。
酔っていたって、許さない。
酔っているなら、なおさら許さない。
「………いいかげんに、しろよ?」
声を振り絞ると、見当違いの方角から応えがあった。
「ライル。なぜ怒る?」
突然の質問に、声が出ない。
ニールも、驚いたように隣の刹那を見つめている。
刹那はライルから目を逸らさない。
視線というものがもし、本当に何かに刺さるのだとしたら、それは確かに今、ライルの瞳孔に刺さった。
「俺は、おまえたちさえよければ、三人で寝るのもまったくかまわないと思っている」
「いくらダブルベッドだろうが、男三人で寝っ転がるとかおれはゴメンだね」
「そういう意味じゃない。おまえたちさえよければ三人でセックスをしてもかまわない、と言っている」
───なんだって?
「ニールは俺とセックスがしたいと言っている。ライルがそれを不快だというなら、俺、は、ライルともセックスをした方がいいんじゃないかと思った」
だめだ。こいつの思考回路は壊れている。
前々からおかしいとは思っていたが、こいつの脳の中では、何か大事なものが、完全に壊れている。
「面白そうだけど、大丈夫なのかよ?」
ニールが口をはさむ。
面白そう。
面白そうだと、この兄は今、言ったのか?
そんなにすぐに、こんなとんでもない申し出を受けられるのか?
酒を流し込みすぎて、この兄も脳がどうかしてしまったのか?
「仕事で慣れている。だから俺のことは心配しなくていい」
さらにとんでもない返事を、刹那がニールに返す。
そして、刹那はまたライルを見つめてくる。
この場で刹那に答えない、という選択肢はない。
この場で刹那とニールを無視すれば、ライルは後で耐えがたい状況に陥る。それは確実だ。
赤茶の目は、微動だにせずこちらを見ている。
逃げられない。
絶望して、やっとライルは喉から声を押し出した。
「………おれの部屋は、ダメだ。おまえの部屋にしろ」
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なんだかとんでもないことになった。
そう思いながらも、ニールの思考の端にはまだ酔いが残っているようで、危機感らしきものはあまりわいてこない。
刹那は自室に入ると、着ていた真っ黒なパーカーを脱いでハンガーにかけ、そこからあっという間に全裸になった。
「シャワーはどうする」
「いや…おれは後でいいけど…すんごい脱ぎっぷりだなー…」
刹那をぼんやり眺めていたニールもようやくジーンズを下ろし、ベッドのそばの床に、脱いだものをぽいと投げる。
大きなベッド以外に家具らしい家具もない、だだっ広い部屋だ。
街灯のように、ぽつりと背の高いフロアライトが部屋の隅で光っている。
「二人とも、してほしいことがあるなら言ってくれ。その通りにする。俺に挿れる順番は、おまえたちが決めてくれ」
言ってから、刹那はゴムらしき小さなパッケージを枕の上に投げ、ベッドに腰かけた。
細過ぎず太過ぎず、そこそこ筋肉のついた彼の腿の間にぶら下がっているものは意外に大きくて、ニールは静かに唾を飲んだ。
それを刹那に悟られたくなくて、わざと後ろを振り向いて尋ねる。
「ライル。順番どうする?」
パジャマ姿でまだドアのそばに立っていた弟は、ゾッとするほど冷たい視線をニールによこした。
「…好きにしろよ。おれはどっちでもいい」
「あ、そ。じゃあ遠慮なく」
ライルから逃げるように、そしてそれを悟られないように、ニールは刹那の隣に腰かけ、ためらいなく刹那の首筋に唇を這わせ始める。
生意気に香水でもつけているのか、草いきれに似た、ほろ苦い匂いがする。
なんだかその匂いが意味もなく懐かしくて、胸の底が熱くなった。
その熱に耐えられず、そのまま刹那の上半身をベッドの上に押し倒すと、ニールの肩に手を回しながら、刹那が声を上げた。
「ライル。来てくれ」
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ライルをなだめる方法がわからない。
ベッドの上でニールの愛撫を受けながら、やっと首を曲げて、刹那は寝室のドアの方を見た。
呼んでも、ライルはそこに立ったまま動かない。
今まで、刹那の仕事のことで怒りをぶつけてきた相手の機嫌を直す方法は、たったひとつだけだった。
怒るその相手と、寝る。
そうすれば、相手は機嫌を直すのだ。
そういう相手はたいていその後もセックスをせがんでくるが、仕事の時より満足できないと伝えると、大体は引き下がってくれた。
逆上する相手には、防衛という名の暴力で対応するしかないが、そんな相手は稀だ。
実のところ、ライルが今怒っているのは兄に対してであって、刹那に執着しているわけではないだろう。
こんな形で彼ら兄弟を会わせるべきではなかったのかもしれないが、何ヶ月も弟に会っていないというニールを、放っておくことはできなかった。
あまりにもニールはライルに瓜二つで、この世でたった二人きりの、双子の兄弟だというニールの説明を信じないわけにはいかなかった。
しかし。
ニールがライルに会いたいと言うので、店でプレイはせずに出張という形を取って刹那は仕事を受けたが、本当は、どうすればよかったのだろう。
ニールに乳首を吸われ、そこから痺れが全身に広がってゆく。
ライルの顔をした、でもライルではない男に触れられているだけで、いつもよりずっと腰が痺れる。
店の前に彼が現れた時は声が出ないほど驚いたが、一言二言と言葉をかわすうちに、すぐにライルとはまったく違う別人だと思った。
碧の目の奥が、昏い。
それがニールの第一印象だった。
何か、とてもストレスのたまる仕事をしているのだろう。
こういう昏い目をした客は時々いる。彼らは物足りないくらい柔和だったり、信じられないくらい過激なプレイを要求してきたりと、態度が極端なことが多かった。
彼の姿がライルに似ていなかったら、あまり受けたくはない仕事だった。
それでも、ニールの愛撫は巧みだ。
すぐにこちらのペニスに触れずにゆっくり陰嚢を揉んでくるあたり、とても慣れている。
そして、何か特別な手入れでもしているのか、彼の大きな手は余分な油気も乾燥もなく、さらりとしていて本当に心地がいい。
姿はもちろんだが、こんなに手の美しい男に今まで出会ったことはない。
ニールの指が、会陰から陰嚢を何度も優しく擦り上げてくる。
「……ふ…ぅ…」
すぐには漏らしたくなかった吐息が、思わず漏れる。
気の進まなかった仕事が、いつのまにか期待に変わっている。
でもライルはベッドに来ない。
ライルをなだめたくて、ライルもセックスに誘ってみたのに。
誘うことがこんなにうしろめたいのは初めてだった。
ルームメイトであるライルと、「面倒な」関係にはなりたくない。
───だが。
その面倒さを飛び越えて。
もしもライルが望むなら、ライルに触れられてもいいと、心のずっと端の方で、自分は思っていなかったか?
ニールの舌が、胸元から腹へと移動する。
目を閉じて、刹那は吐息を飲み込んだ。
───シチューの礼を言えなかったことも。
───ライルには理解できない刹那の仕事のことも。
全部ライルにわかってもらうには。
ライルに触れてもらうしか、方法がなかったのではないか?
なのに。
誘いをなんとか承諾してくれたはずのライルは不機嫌なままだ。
「……ラ、イル…」
気力を振り絞ってもう一度呼ぶと、ライルはようやくベッドのそばに歩いてきた。
ライルに手を伸ばすために、身体を反転させようとすると、ニールに腰を捕まえられた。
「逃げんなよ」
「ちが、う。姿勢を、変えたい」
どうにかベッドの上でうつぶせになると、すかさずニールに背後から腰を抱え込まれる。
ライルは黙ってベッドのそばに立っている。
刹那は片肘を立てて上体を起こし、ライルの腰に手を伸ばした。
そのパジャマごと下着を一気に引き下ろす。
「膝を、ついてくれない、か。届かない」
息をつきながら頼むと、頭上で舌打ちのような音が聞こえたが、ライルはすぐに従ってくれた。
低いベッドのそばに膝立ちになったライルの性毛を、刹那は片手でそっと梳く。
きれいに整えられたそこから下がっていたペニスを握ると、それはびくんと震えて質量を増した。
一気に咥える。
びくびくと、可愛らしく思えるくらいの勢いで、刹那の口の中の肉茎が膨張する。
あまりの太さにむせそうになったが、喉の奥に力を込めて、刹那はそれを耐えた。
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荒くなる息がこらえられない。
自分が何をやっているのか、わからなくなってきた。
やっとのことで、ライルは熱い唾を飲む。
ライルのペニスを咥えている刹那の頭が、視界の下で規則正しく揺れている。
刹那の舌使いが巧み過ぎて、声も出せない。
唇の力加減も、咥える深さも、今までオーラルセックスに応じてくれた女性たちのそれとは根本的に何かが違っている。
何の前置きもためらいもなく、刹那はライルのペニスを口に含んだ。
そのあまりのビジネスライクさにあきれているのに、ライルの身体はライルの意志に反して、これ以上なく正直に快楽を追う。
快楽にあっさり流されるのは刹那の技術のせいだという言い訳ももちろんできるが、セックスをしようという刹那の申し出を最初に承諾したのは誰でもない、ライル自身だ。
───認めた方がいい。
快感にぼんやり脳を曇らせながら、ライルはライル自身にひっそりと呼びかける。
刹那にこうして触れてもらいたいと、自分は無意識に希望していたのだ。
───でも、認めたくない。
おそらく刹那は、この行為に特別な意味を見出しているわけではない。
色々と思考回路が壊れている彼は、仕事のついでに不機嫌なルームメイトを少しの間、黙らせておきたい───そのくらいの感覚なのだろう。
う、と刹那が短くうめく。
肉茎を扱くスピードが少し落ち、規則正しかった刹那の舌が、じっとりと遅い動きに変わった。
ぐじゅぐじゅ、と水音がする。
背後から刹那を抱き込んだニールが、刹那の後孔に指を入れている。
「ぅぐ、…っ、」
「気持ちいいか?」
うめく刹那に尋ねながら、ニールは刹那の肩甲骨に顔を埋めている。
どれだけこの兄は男を犯すことに慣れているのだろう。
何の恥じらいもなくその慣れっぷりを弟の眼前にさらすとは、そんなに刹那が気に入ったのだろうか。
この刹那の印象的な容姿を気に入る男はいくらでもいるだろう。
でもそれが、どうしてこの兄なのか。
またいらだちがよみがえってきて、ライルは刹那の頭をわしづかんだ。
「…ちゃんと舐めろ」
低く命令すると、刹那の唇のスピードが、また戻った。
「…っ、…っ、」
身体の上からも下からも水音を立てながら、刹那が口をすぼめる。
その口に絞めつけられたペニスのカリ部分が、ぐり、と刹那の舌先に当たる。
ライルの背筋に電流のような刺激が走った。
刹那の舌先は、何度も、確実にカリを捕らえる。
自慰とも、女の中に入れて動かすのとも違う、自身でコントロールできない快感は暴力的だ。
女はいつも、こんな気分で「入れられて」いるんだろうか。
慣れない感覚と一緒に、ますますわけのわからない思考がライルの脳内をよぎる。
「……!」
危うく達しそうになったその時、いきなりニールが刹那を腰から引っ張った。
ズル、と刹那の唇がライルの局部から離れる。
「悪いな。ちょっとだけ二人ともじっとしててくれねぇか?」
刹那の腰を背後から抱え、ニールが自分のペニスを刹那の後孔にあてがっている。いつのまにゴムを着けていたのか、張りつめたそれは潤滑液でぬらぬらと光り、やたらに太く見える。
太いそれは、すぐに刹那の臀部に挟まれ、ずぶりと沈んだ。
「ふ、あっっ!!」
刹那が、ライルのペニスを握ったまま喘ぐ。
吐息がライルの剥き出しの腰にまで届き、その熱さにライルは震えた。
ずぶずぶとニールのペニスは奥へ進み、見えなくなる。
「あっ、あっ、」
他人の交合を目の前で見るのは初めてだった。
「ぅあ、大き、いッ、ああぁ!!」
逃げ出したくなるような背徳感だ。
ニールが動きを止め、息をついた。
「動くぜ。いいか?」
その声で我に返ったように、刹那はけだるく顔を上げ、ライルのペニスを咥え直した。
膨張しきっていたそこがまた熱い舌に包まれ、ライルはうめいた。
思わず両手で、刹那の頭をつかみ留めてしまう。
すぐに刹那の頭がこちらに押しつけられてきて、刹那の喉の奥にペニスの先がぶつかった。
「あヴッ!」
刹那の嬌声とも悲鳴ともつかない声が、唾液と共にライルのペニスにまとわりつく。
「グヴッ、…ふッ、ヴッ、」
身体の前後から串刺しにされ、逃れる術もなく、刹那の腰が揺れ続けた。
高い音を立てて、ニールが腰を刹那の臀部に打ちつける。
打ちつけられた衝撃が、刹那の身体を通してライルのペニスにまで響く。
逃げたいのに、すさまじい快感が脳まで駆け上がってくる。
憎らしいくらい大きなニールのペニスが、刹那の後孔から引き抜かれ、また沈む。
ニールの律動の速度が増す。
限界は、急に来た。
腰を引いて、ライルは刹那の口からペニスを引き抜いた。
刹那の上半身が、シーツの上に崩れ落ちる。
ニールもひときわ大きく刹那を突き上げて、動きを止めた。
尻を高く上げたままニールの吐精を受け、頬をシーツに擦り付けて、刹那が嬌声をあげる。
その歪み開かれた唇に向けて、ライルは射精した。
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「起きてくれ」
低い声が頭上から降ってくる。
羽布団にくるまったまま、目も開けずにニールは長い長い吐息をついた。
頭が痛い。
だが、二日酔いというほどでもない。
昨晩のセックスが、あまりにも気持ちよかったからだろうか。
前払いを要求された時はずいぶんふっかける店だと思ったが、事を終えてみれば納得の金額だった。
ペニスを突っ込んでいるのはこちらなのに、柔らかい肉が奥からぎっちりまとわりついてくるあの感覚は、そこらの店のそこらの女ではなかなか味わえるものではない。
深く突いたその先で、経験したことのない肉の弾力に攻められて、みっともないぐらいの早さでイッてしまった。
おまけにこの部屋のベッドの寝心地のよさといったら、癖になりそうだ。
こんなに広くてこんなに上質な柔らかさのベッドを置いている店も、そうそうないだろう。
「ニール。起きてくれ」
呼ばれて、ふと目を開けた。
がばりと羽布団を押しのけ、ニールは上体を起こす。
ベッドのそばで、見覚えのありすぎる男がこちらを見下ろしていた。
「俺は今から学校に行く。おまえはどうする?」
昨日店の前で会った時と同じの、真っ黒なパーカーを羽織り、刹那はもう外出モードだ。
どうすると問われて、昨日の記憶がいっぺんに、ニールの脳内でいくつもいくつもはじけて火花を上げて燃え尽きる。
───そうだった。
ここは店じゃなくライルと刹那の家でこれは刹那の部屋のベッドで、昨日刹那に連れられてライルに会いに来たらライルに盛大に怒られてなぜか三人でセックスしてライルとほぼ同時にイッて。
刹那はライルに顔射されて髪も顔もベタベタになって。
あんまりその顔がエロ過ぎてもう一度しようと思ったらライルがいきなり部屋を出て行って。
それでしかたなくそこで切り上げてシャワーを浴びてこのベッドにダイブしたんだった。
「今…何時なわけ?」
正気に戻った代償があまりに大きすぎて、あまりにどうでもいい質問しかできない。
「昼過ぎだ」
「ライル…は?」
「今日は休みらしい。まだ部屋で寝ている」
ベタベタだった刹那の顔は、何事もなかったように元通りだ。
あまりにも無表情な赤茶の目と、昨晩の姿のギャップが激しすぎて、ニールの脳細胞は落ち着いて情報を把握してくれない。
「おまえがまだ寝ていたいなら俺はかまわない。ただ、施錠の問題がある。この家から出る時はライルに声をかけてくれ」
あたりまえだが、ニールはこの家を施錠するための指紋登録をしていないのだ。
だが。
ゆうべあんなことをしてしまったのに、あの弟が、ニールの指紋登録を許可してくれるだろうか。
今までだって、部屋に入り浸ることを歓迎されていたわけではないのに。
「また、来てもいいか?」
不安を半分だけでも減らすために、ニールは刹那に尋ねた。
この家に入ることを許可されたとしても、昨晩のような行為がまたできるとは限らない。
ライルが歓迎してくれる確率は、もっと低い。
それでも尋ねずにはいられなかった。
「ライルがいいというなら、俺はかまわない」
無表情に答えて、刹那は寝室のドアを開け、出て行った。
L-side-4
部屋から、出ることができない。
自室のベッドに寝転がったまま、ライルは天井を見つめる。
ついさっき、刹那の部屋のドアが開く音が聞こえた。
隣りのダイニングに人の気配はない。
そのまま出かけてしまったのだろう。
出て行ったのは、刹那とニール、どちらなのだろう。
それとも、二人で仲良く出て行ったのだろうか。
───いや、それはない。
この家の住人で、ライルの生活パターンを知っている刹那ならともかく、あの兄が一言もなくこの家から出ていくなどありえない。
自室から出られずに、ライルはただ待っていた。
───醜態だ。
刹那の顔に射精してしまった。
イくのをこらえるどころか、顔射するなど、自分でもあり得ないと思う。
快感が強烈すぎて(精神の)コントロールを失ったなんて、セックス覚えたての学生でもあるまいに。
でもたぶん、醜態の本題はそこではない。
───『…もう、しないのか?』
髪からも頬からも精液をしたたらせながら、こちらを見上げてきた刹那の顔が忘れられない。
上唇に流れ落ちた白いしずくを、嫌がるそぶりもなく、わずかに舌を出して舐め取り、まだどこかとろけた目で見つめてくる刹那を、もう一度犯したかった。
もう一度犯したいと、あの時思ってしまった。
自分で自分に、耐えられなくなった。
だから続行せずに逃げた。
あれが醜態でなくてなんなのか。
この家から、もうニールを追い出すことはできない。
ニールはこの醜態の元凶で、原動力で。
ニールは突っ立っていたライルに理由を次々と被せてくれて、とうとう刹那とのセックスに持ち込んでくれて。
ニールがいなければ。
あの快感も、あの時の刹那も、もう二度と得られない。
───兄弟愛が、聞いてあきれる。
自由に生きているニールが、誰にでも愛されるニールが、憎かった。
憎いのに、ニールが訪ねてくるのが待ち遠しかった。
だから兄弟愛らしきものは自分にもあるのだと、勝手に知ったかぶりをして、勝手に安心していた。
待ちわびた、ノックの音がする。
ライルは何とかベッドから身体を起こした。
ライルが返事をしなくても、ライルの寝室のドアをノックする音は続く。
遠慮がちなその音に、いらいらする。
───とりあえず、今決まってるのは。
この先地獄に行くのも、天国に行くのも、このドアの向こうの兄と一緒だということだ。
ライルはやっとベッドから降り、ドアへと歩いた。
力の限りもったいをつけて、ゆっくりドアノブを引く。
ニールが気まずそうに目を細めて、そこに立っていた。
困りごとをごまかしたい、あの憎らしくて愛しい目だった。
口の端が上がりそうになるのを、こらえて。
ことさら無表情を装って、ライルはやっとニールに声をかけた。
「おはよう。兄さん」