幻燈夜



深く深く眠った、そのあとに。
眠りから覚めるまぎわに、ああ目が覚めるのだと、予感する時がある。
眠りと覚醒───そのどちらともつかない状態で感知した現象は、夢というのだろうか。幻覚というのだろうか。



「お気がつかれましたか」
ふっ、と光る谷底に落ちるような気分で目を開けると、ホークアイらしい人物が、抑えた声音で問いかけてきた。
まぶたがどろどろと溶けそうに重く、まばたきさえするのがつらい。
マスタングはゆっくりと目を細めた。
自分がどこに寝かされているのかと疑問を巡らす余裕もなく、覚醒と共に、激烈な痛みが下半身から駆け上がってきて、どくどくと喉元で脈動する。
先ほどのミッションの服装のままで、髪も整えずにこちらを見下ろしてくるホークアイの目は、涙を溜めたように深く濡れている。
彼女に壮絶な心配をかけてしまったことが、とても悔しい。
だが、悔しいと思っているのにマスタングの心情はどこか穏やかだった。疲労に目をくぼませたホークアイの柔らかな表情を見れば見るほど、温かいものが胸の中に湧き上がってくる。
「……ハボックは?どう、している」
痛みに邪魔されて、声がかすれた。
しかしホークアイの耳に、きちんと声は届いたようだ。
「別室で、治療を受けています。重傷ですが、危険な状態は脱したそうです」
「アルフォン、スは」
「エドワード君が鎧を錬成し直して、無事です。エルリック兄弟は先ほど、ホテルに帰りました」
間近の照明が目に痛いが、ホークアイの背後には薄闇が広がっている。まだ夜も明けていないのだろう。
自分はどのくらいの時間、意識を失っていたのか。
エルリック兄弟はどのくらいの時間、この場にとどまっていたのか。
知りたいことは山ほどあったが、下腹部からの激痛はすさまじく、マスタングは、長く複雑なセンテンスを口にすることができなかった。
痛みの波にのまれそうになりながら、指先に意識を飛ばす。
そこに残ったかすかな感触を、マスタングは思い起こす。
我ながら、女々しい夢を見たものだとは思う。それがとても自分らしいと、自虐的に笑いたくなってしまうほどに。

───誰だ。中尉か、それとも。

ついさっき、目覚めるほんの少し前に、誰かが指を握ってくれている気配があった。
夢だと第三者に断言されれば、その通りだと認めざるをえないほどの、かすかな感触だった。
マスタングにとって、それが夢であったかどうか確認することは、マスタングの魂にかかわる重大事項だったが、あまりにもそれは個人的な事情で、そしてあまりにも目の前のホークアイは疲れすぎていて、そして何よりも傷口の痛みがひどすぎて、マスタングはその確認作業を続行できなかった。

───だから。忘れてしまえ。

痛みが、思考の邪魔をする。
だが今は、それを歓迎したい。
何もかもを思考の外へ押し流してくれる、この激痛が、今はどこかありがたい。
「痛みますか?看護師を呼びますか?」
ホークアイの質問に、後でいい、と小さく首を振って。
マスタングは、現時点で一番どうでもよくて、一番知りたかったことを、ホークアイに尋ね直した。

「今。何時だ?」