セレモニー



誰に命令されたわけでもないけれど、それはとても簡単で、とても嫌な任務だった。

「大佐」

墓前から動かないマスタング大佐を、呼びに行くこと。
同僚は皆、顔をそらし合い、この人の方を遠巻きに眺めては、ため息をつくばかりだった。
なぜ私が行かなければならないの、とも思ったが、ほかならぬ私が行かなければ、という責任感のようなものが私をより強く支配していて、私はそれにとうとう逆らえなかった。

───いま必死に、人体錬成の理論を組み立てているんだ。

普段と全く変わらぬように、懸命に努力している顔で、この人はそんなことを言うのだった。

───錬金術師とは、嫌な生き物だな。

完璧な人だった。
色々なところで手抜きの王のように言われているけれど、私は知っている。
そう言われることこそ、この人の計算のうちなのだ。部下に隙を見せる、それはこの人の最も得意とする計算だ。
今日私は、ずっと見たいと思っていた───計算をしていない、この人の素顔を見た。
それは私の思い込みであるという確率の方が圧倒的に高いし、客観的な事実はそうなのだろうけど───私には、これが、この人の素顔であると思えた。

どうしても見られなかった、見たいものを見ることが出来たのに───どうしてこんなに、腹が立つのだろう。

妻子ある男を殺した者への、憎悪か?
この人への期待が崩れた、落胆か?
自分がこの事態を阻止することができなかった、無力感か?
この事態をどうすることもできない自分への、怒りか?
わからない。
そのどれでもあるような、ないような。
私はこんな、なんともいえない苦しい感情が───とても嫌いだ。


雨など、いつか止む。雨で何を流してしまえるわけでもない。
今日のことは、一生涯、この人の心の中から流れ去ることはないのだろう。けれど、雨が降ることで、この人が少しでも楽になるなら。

雨よ降れ。
嵐になれ。
思う存分、吹き荒れろ。


この人は私が、守る。